AAR/葡萄の枝/ティエリー一世
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[[AAR/葡萄の枝]]
*ティエリー一世 [#ude18a63]
**イングランドの分裂 [#k74bfc6a]
&ref(./thierry1_16.jpg);
ブルゴーニュ家三代目フランス王ティエリー一世(16歳当時)
ティエリー一世は、父ニコラス一世、母アミスとの間に、133...
彼は若き頃から詐術を弄することを潔しとせず、ローマ教皇...
1339年4月、8歳でアルバニー公マタド賢公の娘エフィーと婚...
&br;
&ref(./effie_mac_aeda_20.jpg);
婚約相手のエフィー(20歳当時)。全般的に優秀で、とりわ...
1349年9月14日、ティエリー一世は病没した父の後を継ぎ、フ...
1350年1月、ブルターニュ半島のレオンにてロラード派のタッ...
敬虔なるフランス王としては、東に巣食うカタリ派の帝国を...
1355年7月、ギリシャ人のヨアンネスがデスポット、すなわち...
&br;
&ref(./13550728.jpg);
緑がギリシャ系アイルランド王国領。赤はイングランド王国...
1358年2月、ティエリー一世はイングランド領エヴリューを攻...
1359年10月、ディジョンの民にカタリ派の毒が浸潤した。テ...
**露見されない罪 [#ha6071d1]
1361年8月、ティエリー一世は漸くにして異端帝国に反撃する...
&br;
&ref(./13611010.jpg);
北東の薄紫がフランコニア王国領
ティエリー一世はディジョンの東隣、上ブルゴーニュに狙い...
「主を待ち望め。さすれば鷲のごとく翼もて高きに上れるのだ」
&br;
&ref(./13620202.jpg);
鼓舞する指導者を選択
ティエリー一世は軍を鼓舞し、ブサンソンを落としドゥー川...
1364年8月、ティエリー一世はアマデウスとの聖戦に勝利し、...
隴を得て蜀を望む、とは東漢の光武帝や西晋の宣帝の謂いだ...
1368年2月、ティエリー一世はアイルランドの専制君主ヨアン...
1370年3月、専制君主ガブリエルがアイルランドを乗っ取り、...
&br;
&ref(./13700302.jpg);
相手はハープから鷲に変じた
1372年5月、ティエリー一世の妻エフィーが46歳で急死した。...
&br;
&ref(./13720524.jpg);
ガーガメルに殺された、とはっきり表示されている。宗教思...
1374年5月、異端の帝国に政変が起こった。派閥争いの末、ホ...
先の上ブルゴーニュ公シグムンド二世は既に泉下の人であり...
そのウルリヒが忠誠を誓うようにした皇帝はというと、政治...
&br;
&ref(./welf_drunkard.jpg);
酒乱ではないが、大食ゆえに泥酔帝の綽名がついたウェルフ
同年12月、ティエリー一世はウェルフに聖戦を宣した。向か...
1376年8月、両軍はディジョンの南西にあるスミュール・アン...
&br;
&ref(./13760814.jpg);
スミュール・アン・ブリオネ……のちに、フランスの最も美し...
1377年5月、ティエリー一世は聖戦に勝ち、ウェルフからオー...
**名産地への固執 [#v53d96fa]
ティエリー一世には、宗教的熱情や慣習的領土とはまた別の...
己が郷里ブルゴーニュのワインは格別だが、それに劣らぬと...
&br;
&ref(./13770512.jpg);
赤紫がアキテーヌ王国領。アイルランド、ドイツ同様にイン...
1381年1月、宿願を果たす時が来た。宰相アルノーが方々で蒐...
その間、モンゴル人の冒険家ドゥンダーがフランス王国の飛...
1382年4月、ティエリー一世はアキテーヌ王ゴドフリー捕鳥王...
1385年1月、カタリ派の平民ハインリヒがブルゴーニュで蜂起...
1389年2月18日、ティエリー一世は崩御した。((このときの勢...
妻エフィーとの間に長男エルベール、次男ニコラス、長女マ...
&br;
&ref(./13890218.jpg,70%);
ティエリー一世の崩御
&br;
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[[次:エルベール一世>AAR/葡萄の枝/エルベール一世]]
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*ティエリー一世 [#ude18a63]
**イングランドの分裂 [#k74bfc6a]
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ブルゴーニュ家三代目フランス王ティエリー一世(16歳当時)
ティエリー一世は、父ニコラス一世、母アミスとの間に、133...
彼は若き頃から詐術を弄することを潔しとせず、ローマ教皇...
1339年4月、8歳でアルバニー公マタド賢公の娘エフィーと婚...
&br;
&ref(./effie_mac_aeda_20.jpg);
婚約相手のエフィー(20歳当時)。全般的に優秀で、とりわ...
1349年9月14日、ティエリー一世は病没した父の後を継ぎ、フ...
1350年1月、ブルターニュ半島のレオンにてロラード派のタッ...
敬虔なるフランス王としては、東に巣食うカタリ派の帝国を...
1355年7月、ギリシャ人のヨアンネスがデスポット、すなわち...
&br;
&ref(./13550728.jpg);
緑がギリシャ系アイルランド王国領。赤はイングランド王国...
1358年2月、ティエリー一世はイングランド領エヴリューを攻...
1359年10月、ディジョンの民にカタリ派の毒が浸潤した。テ...
**露見されない罪 [#ha6071d1]
1361年8月、ティエリー一世は漸くにして異端帝国に反撃する...
&br;
&ref(./13611010.jpg);
北東の薄紫がフランコニア王国領
ティエリー一世はディジョンの東隣、上ブルゴーニュに狙い...
「主を待ち望め。さすれば鷲のごとく翼もて高きに上れるのだ」
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&ref(./13620202.jpg);
鼓舞する指導者を選択
ティエリー一世は軍を鼓舞し、ブサンソンを落としドゥー川...
1364年8月、ティエリー一世はアマデウスとの聖戦に勝利し、...
隴を得て蜀を望む、とは東漢の光武帝や西晋の宣帝の謂いだ...
1368年2月、ティエリー一世はアイルランドの専制君主ヨアン...
1370年3月、専制君主ガブリエルがアイルランドを乗っ取り、...
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相手はハープから鷲に変じた
1372年5月、ティエリー一世の妻エフィーが46歳で急死した。...
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ガーガメルに殺された、とはっきり表示されている。宗教思...
1374年5月、異端の帝国に政変が起こった。派閥争いの末、ホ...
先の上ブルゴーニュ公シグムンド二世は既に泉下の人であり...
そのウルリヒが忠誠を誓うようにした皇帝はというと、政治...
&br;
&ref(./welf_drunkard.jpg);
酒乱ではないが、大食ゆえに泥酔帝の綽名がついたウェルフ
同年12月、ティエリー一世はウェルフに聖戦を宣した。向か...
1376年8月、両軍はディジョンの南西にあるスミュール・アン...
&br;
&ref(./13760814.jpg);
スミュール・アン・ブリオネ……のちに、フランスの最も美し...
1377年5月、ティエリー一世は聖戦に勝ち、ウェルフからオー...
**名産地への固執 [#v53d96fa]
ティエリー一世には、宗教的熱情や慣習的領土とはまた別の...
己が郷里ブルゴーニュのワインは格別だが、それに劣らぬと...
&br;
&ref(./13770512.jpg);
赤紫がアキテーヌ王国領。アイルランド、ドイツ同様にイン...
1381年1月、宿願を果たす時が来た。宰相アルノーが方々で蒐...
その間、モンゴル人の冒険家ドゥンダーがフランス王国の飛...
1382年4月、ティエリー一世はアキテーヌ王ゴドフリー捕鳥王...
1385年1月、カタリ派の平民ハインリヒがブルゴーニュで蜂起...
1389年2月18日、ティエリー一世は崩御した。((このときの勢...
妻エフィーとの間に長男エルベール、次男ニコラス、長女マ...
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&ref(./13890218.jpg,70%);
ティエリー一世の崩御
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