AAR/フレイヤの末裔/カルル帝(後編)
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カルル帝(後編)
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[[AAR/フレイヤの末裔]] [[AAR/フレイヤの末裔/カルル王(中編)]] **幕間「最良の聖地」 [#bf02f0e2] '''幕に秘された戦車の献じられ、神官のみが触れる事を許された聖なる海の島、不可侵なる木立の中。彼はその女神が、その奥所に訪れたのに気付き、深い崇敬と共に、牛の牽く車に案内をさせた。この季節、全ては喜びに満ちた。そして女神の訪なわれる処全てが祝祭の場所だった。あらゆる争いは治まり、武器は置かれ、或いは仕舞われた。平和が広まり、誰もが安心を得た。その司祭が女神を寺院に案内し、人々との交わりに満足する度に、愛に満たされた。''' '''我々の信じる限りでは、戦車とその幕、そして女神は秘密の湖で清められた。この儀式は奴隷達の手で行われ、その湖は忽ちに彼らを飲み込んでしまうのだった。''' '''――タキトゥス『ゲルマニア』 40,9''' 968年。西フランク王国、パリ。 &ref(Hrodulf.png);「勇者は勇者を知るものでありますれば、カルル陛下はギーグ陛下こそフランクの覇者、真のカロリングに相応しいと御考えに御座います」 ホロズルフは、少々のゲルマン訛りはあるが、流暢なフランク語で朗々と語る。彼の氏族、ステンボックは前王妃・リンダの氏族として知られる博学才穎の氏族だ。彼の任務は、いずれ行われるスカンジナヴィア南進の際に、西フランクが東フランクに加勢しないように、スカンジナヴィアの帝国統一が西フランクにとって有益であるという事をアピールする事……所謂「遠交近攻」策の要だ。スカンジナヴィア帝国からスウェーデンが分離した事で帝国の南進は繰り越される事になったが、西フランクとの友好状態が保たれる事がスカンジナヴィアにとって重要である事に変わりはない。ホロズルフの弁舌は、今日もロキの如く悪辣に冴え渡る。 &ref(Hrodulf.png);「分割相続は古き因習。ルートヴィヒ1世の過ちを正し、『大帝』の名を継ぐのは大王陛下の大使命でありましょう」 &ref(Hrodulf.png);「カロリングですらないロタール領の悪王は言うまでもなく、ゲルマンの少年はまともに口もきけぬとか。帝の器を問う資格もありますまい」 &ref(Hrodulf.png);「そうそう、ズビネック王と言えば、ギリシアのサラセン征伐に参加していると聞きましたぞ。全く、モイミルの根はどこまでも東側という事でしょう」 &ref(Hrodulf.png);「先の対立教皇の件の直後にこれなのですから、陛下の手心が改心を促すべく行われたものと理解できなかったものと見えます」 &ref(Hrodulf.png);「ここは、我らノルドにお任せあれ。今度こそ骨身に懲罰の痛みを沁ませてやりましょうぞ」 ホロズルフは敢えて歯を剥いて笑う。自らに「獰猛なノルド」を強調する。西フランク王にだけでなく、傍に控える大臣や衛士達にも見せ付ける。 '''我ら、&ruby(スカンジナヴィア){暗黒の島};に棲む悪鬼"なり――''' しかし、ギーグは決して、人の真意をその言動だけで判断しない。この西フランク王の基準は常に猜疑と実利。だからこそ、ギーグはヴァイキング達と馬が合った。蛮人の行動原理は単純明快、欲するが侭に奪い、邪魔する者があれば殺し、侮辱されれば復讐する。ヴァイキングは教会だとか騎士道だとか言った「尊いもの」に固執せず、臆面がなく、臆病でもない。つまり、「教皇」だの「懲罰」だのは方便で、方便でしかない事を隠しもしていない。 &ref(Guiges.png);「はっ、何の事もない。奴らが兵を中東に出している隙に泥棒を働いているだけではないか」 片頬を上げて困った様に笑いながら、ギーグはホロズルフに問う。ホロズルフは感服した様に目を伏せ、務めて慇懃に、蛮族の傲岸さを滲ませて応じる。 &ref(Hrodulf.png);「はい、剥き身の財宝に目の眩まぬノルドはおりません」 ギーグは「くっく」と笑う。 &ref(Guiges.png);「スウェーデンとの停戦期間が手持ち無沙汰と見えるな。カルルもつくづく不運な男だ」 &ref(Hrodulf.png);「いやはやお恥ずかしい。しかしムンソの若造はギーグ陛下にとって僥倖となりましょう。何と言っても、ノルドの若造です」 &ref(Hrodulf.png);「あれはきっと、集めた"勇士"達を持て余して、東フランクへ南下しましょう。奴の若さではボヘミアへ流して兵を温存する事は考えますまい」 &ref(Hrodulf.png);「そこを、ギーグ陛下が御救済されれば、ゲルマンの民にも陛下の御勇魂が解ろうというものかと」 ホロズルフは大袈裟に両手を広げて見せる。ギーグの様な疑り深い手合いには、こう言った露骨な修辞やオーバーアクションが却って緩衝になって話し易い。予め、相手にこちらの真意を測らせる一拍を作る事で、それ以上踏み込んで来る確率が減らせるのだ。 &ref(Guiges.png);「何が『ギーグ陛下にとって』だ。つまり、東西フランクにスウェーデンの兵が切り崩されるのを期待しておるのであろうが」 &ref(Hrodulf.png);「いやはや、お恥ずかしい」 &ref(Guiges.png);「くっくっく、良い良い。余は貴様らノルドの、そういう図々しい所が嫌いではない」 &ref(Guiges.png);「しかしロタールの財宝と言うがな、あの地は余に耕されてそう経ってはおらん。&ruby(ハックシルフ){切銀};何片も残ってはおらんのではないか?」 &ref(Hrodulf.png);「いえいえ、大きな取り零しが御座いましたので、浚わせて頂こうかと」 ギーグの片眉が訝しげに上がる。問う。 &ref(Guiges.png);「……フローニのカルルは何を欲しがっている」 ホロズルフは目を細める。応じる。 &ref(Hrodulf.png);「島を」 &ref(Guiges.png);「ゼーラントか」 &ref(Hrodulf.png);「はい、殊にコリンスプラートの海岸を御気に召されて御座います」 &ref(Guiges.png);「……あんな僻地に何があるというのだ」 &ref(Hrodulf.png);「さあ、それは私めの様な、いち族長如きには何とも」 &ref(Guiges.png);「略奪の拠点か? 余の目と鼻の先で?」 &ref(Hrodulf.png);「いやはや」 数秒の沈黙。ギーグの視線は鋭さを増すが、ホロズルフの笑みは鉄壁を保つ。 &ref(Guiges.png);「……まあ良い、好きにせよ。それに行儀の悪い貴様らの事だ、死兵の歯を毟ってでも金に換えるのだろうから」 &ref(Hrodulf.png);「流石は陛下、御話が早い。アウストラシアに今馳せている猛者達全員に御引見されても、御時間を余らせてしまいそうです」 &ref(Guiges.png);「ふん」 ギーグはホロズルフの大仰な社交辞令を鼻息一つで払い除ける。多少つまらなさは有ったが、カルルの狙いが何であれ、身体不可侵を約束されているホロズルフにそれを吐かせる方法も見当たらないのだ。 「陛下、御耳を……」 大臣の一人が壇下のホロズルフから目を離さぬまま、ギーグに何事か耳打ちした。その表情は不安気で不快気だったが、彼の言った何事かを受けたギーグは目を瞠いて、可笑しそうに太い身体を揺すって笑い始めた。 &ref(Guiges.png);「くっくっく! ノルドというのはこれだから恐れ入る!」 &ref(Guiges.png);「余の具足をもて! 諸侯達に兵と馬を揃えさせよ!!」 &ref(Hrodulf.png);(……もう始まったのか) 確認する。 &ref(Hrodulf.png);「御出陣でありましょうか」 &ref(Guiges.png);「ああ、お前の言った通りだホロズルフ。オットーめ、北から鬼が来るから助けてくれ、と子供らしく泣き付いて来おったわ!」 &ref(Guiges.png);「それにボヘミアとギリシアが軍をゼーラントに寄せているそうだぞ? 如何にカルルの軍隊といえど、意外と簡単にはいかんのじゃあないか? ん?」 &ref(Hrodulf.png);「それはそれは……」 &ref(Hrodulf.png);(アスビョルンの動きは予想より少し遅いか……まあ、大した事ではないだろう。スウェーデンが分離した時はどうなる事かと思ったが――) やはり、アスビョルンの軍が南進を開始した様だった。 アスビョルンにはそれしかない。そうせざるを得ないのだから当然だ。 &ref(Hrodulf.png);(――ムンソも、運の尽きだな) ホロズルフはほくそ笑む。そこに、今度はギーグの方が声を掛けた。 &ref(Guiges.png);「所でホロズルフ、もう一度訊くのだが、コリンスプラートに何があるというのだ?」 &ref(Hrodulf.png);「それは私めからは何とも……」 &ref(Guiges.png);「そうか……道中踏み潰さぬ様にしたいかと思ったが、解らぬでは気の付け様もないな」 &ref(Hrodulf.png);「……!?」 ホロズルフの背筋が凍る。 &ref(Hrodulf.png);(測り違えたか……!!) 見誤った、測り違えたのだ、ギーグという男の内に猜疑と実利で蜷局を巻く、&ruby(アンフィスバエナ){双頭蛇};の大きさを。 あらゆる陰謀を叩き潰す最も効率的な方法、ギーグは暗に、それをそうすると、そう言っているのだ。 &ref(Hrodulf.png);(ボヘミア・ギリシア軍と合流してスカンディア軍を潰すつもりか……!!) '''真意の明かさぬ者は、何かをする前に殺せば良い。語る口が無いのは死人も同じ――''' ギーグの目が、そう語っているのが解ったのだ。 「御時間です」 大臣が告げる。ギーグは最早ホロズルフを一瞥する事もなく玉座を立ち、退廷しようとしている。 &ref(Hrodulf.png);「陛下! ロタールの戦争に、何の名分で参加されようというのですか!! カロリングの名に汚痕を残しますぞ!!!!」 &ref(Guiges.png);「何を馬鹿馬鹿しい。余はお前とオットーに請われてノルドを殺しに行くのではないか」 &ref(Guiges.png);「それでノルドを殺して何が悪い」 &ref(Hrodulf.png);「ギーグ!!!!」 ギーグは去った。それでも喚こうと抗うホロズルフを、衛士が両側から掴んで外へ引き摺る。外交官特権がなければ行き先は牢獄だったろう。 &ref(Hrodulf.png);「ギーグ!! 貴様は呪われろ! ノルドを! 我らが神々を畏れぬ貴様は! きっと古き神の呪いで、惨たらしく死ぬのだあああ!!!!」 * * * その4年前――964年。デンマーク王国、ホーセンス。 「聖地を取り戻す」……神官達を率い、そう提案するフレイに、カルルは率直に言う。 &ref(Karl.png);「聖地……というが、スヴィドヨッドの兵力を如何に凌ぐ? 義勇軍に過ぎないとはいえ、ああも大軍では削り切るまでに余の寿命が間に合うまい」 それに返答したのは宮廷預言者として神官達を統括する皇太子妃・ギュリドだった。 &ref(Gyrid.png);「何を気弱な……と言いたい所ですが、現実的に見て、ウプサラの再奪を目指せばそうなる可能性は低くはないでしょう」 &ref(Gyrid.png);「……ですから、目指すべきはウプサラではありません」 そこで、ホレイドラの&ruby(ゴディ){神官};・エイナルが進み出る。張りの無い肌に撚れた髪の、みすぼらしくも映る外見だが、その瞳には知性の光が冷たく輝いている。 その枯れ枝の様な手には、数冊の古書。良く見れば、他の神官達の手にも古書や、金細工、護符と思しいものが携えられている。 &ref(Hleidra.png);「陛下、我らはリンダ妃御存命の頃はかの方に、その後にはギュリド様の御命に従い、集積された無数の文献・遺産を研究させていただきました」 &ref(Hleidra.png);「それが、何の為か御理解いただけておりましょうや?」 &ref(Karl.png);「……無数に散らばる神話を統合し、神権を一人の頂点者と一つの聖典に集める為、と聞いているが」 カルル自身も、神々への理解を深めようと書を読み漁った時期があった。その時に身に付けた知識は実際、王務に役立てられているが、やはりカルルにとっては覇業の完遂こそが本分であった。神学の探究は宮廷預言者であるギュリドに司らせて、成果を待つ姿勢であった事を責める事は誰もしなかった。 エイナルは、にっか、と笑うと、手許の書束を並べ始めた。 &ref(Hleidra.png);「然り然り。では我々の『古き神々』が、実際にはどれ程散らばっているのかを、御考えになった事はあられますかな?」 &ref(Karl.png);「何……? どういう事だ」 並べた書を一つ取ってはバラバラとめくり、一くさりめくっては置いて、を繰り返しながら、エイナルは続ける。 &ref(Hleidra.png);「ザクセン。嘗て、&ruby(エーシルとヴァニル){我々と同じ神々};を違う名で奉じた、サクソン人の版図は御存知ですな」 &ref(Karl.png);「うむ。カール大帝によって征服され、キリスト教化&ruby(・ ・ ・ ・){させられ};、フランク人と混血&ruby(・ ・ ・ ・){させられ};た者達の版図であろう」 &ref(Hleidra.png);「はい。ふふふ、そうカール大帝に……&ruby(カール){カルル};皇帝陛下。ふふふふふ……」 エイナルは敢えてゲルマン風にカルルの名を発音し、それがこの世で一番面白い冗談だとでも言う様に笑う。カルルは黙殺する。重要でもなければ、皮肉にもならない。 &ref(Hleidra.png);「失礼失礼……そのカール大帝によるザクセン征伐は、聖樹・&ruby(イルミンスル){世界の柱};……即ち&ruby(イグドラシル){世界樹};を伐り倒す事から始まりました」 &ref(Hleidra.png);「あのハンマブルクの城砦、『世界の門』が建造されたのもその頃の事。ふふふ、『&ruby(シャルルマーニュ){大帝};』ともあろう者が自ら世界に果てを造るとは、全く臆病な事です」 カルルの脳裏に、父・アンラウフの姿が思い出される。当時、生まれたばかりのカルルはその戦いを知らない。しかし、アンラウフは繰り返し繰り返し、ハンマブルクに挑戦した事を苦々しく回顧していたのだ。そう、そこはノルドがキリスト教徒に最大の大敗を喫した地でもある――。 &ref(Karl.png);「…………話を戻せ。つまり、ザクセンの世界樹を我々が『奪還』する事で、聖地にしろとでもいうのか?」 エイナルは口を輪にして驚いてみせると、慌てて両手を振ってカルルの推理を否定する。 &ref(Hleidra.png);「いえいえいえいえ、パデルボルンは内陸。仮に南進に成功したとしても、版図を延ばすのには時間が掛かり過ぎるでしょう」 &ref(Hleidra.png);「しかし、陛下はやはり御賢明であられます。そう、我々の研究成果の一つはそれなのです」 &ref(Hleidra.png);「『&ruby(エーシルとヴァニル){我らが神々};』は、『&ruby(スカンディア){我らが世界};』の外側にも、在られるという事なのです」 神官達が、次々に携えていたものを並べ始める。ローマ字、ルーン文字、そして見た事もない文字の古書群。欠けや錆びに永い経年を窺わせる遺物群。未知の、しかしどこか思わし気な様式の、幾つもの護符。次々に、次々に。 エイナルは、にっか、と笑う。それは、友人を悪戯の共犯に誘う、子供の様な笑みだった。 &ref(Hleidra.png);「さあ陛下。最良の聖地を、選びましょうぞ」 * * * 再び、968年。中フランク王国、ホランド。 ワデンの浅瀬は深紅に染まっていた。生き残った者達が波に洗われる無数の屍を漁って、金になるものは骨までしゃぶり取る勢いだ。 トステは斧を担いで膝丈の海をざぶざぶと歩き、それを眺めながら、&ruby(スネッケ){虫船};で寄せて来た副長・ホラーフンに声を掛けた。 &ref(Toste.png);「おう、ホラーフン。死に損ねたか」 &ref(Hrafn.png);「親父こそだぜ…………」 ホラーフンは鎖帷子の襟を緩めながら答える。余りの疲労感に、呼吸する度寿命が縮む心地がしていた。 一方のトステが50歳を目前にしているとはとても見えない隆々たる体躯に纏うのは、飾り気のない皮の服と外套のみだ。 &ref(Toste.png);「だから鎖帷子はやめとけって言ったろうが。お前が重くなった分だけ詰めるお宝も減るんだぜ?」 &ref(Toste.png);「大体お前、死ぬ時ゃ何着てても死ぬんだよ? 襤褸だろうが絹だろうが革だろうが鎧だろうがな!」 トステはゲラゲラと笑う。しかしホラーフンからすれば、父の神経の方が解らない。しかし、そのヴァイキング振りに憧れてもいた。 両軍共に一万を超える大軍隊同士の血戦だ。その直中、トステは大笑いで大斧を振るって、死線を愉しんでいた。 キリスト教徒達に「人喰いトステ」と呼ばわれて恐れられるこの軍団長は、部下にもその余りに旺盛な闘争意欲と武力で畏れられ、同時に敬われていた。 &ref(Toste.png);「ま、生き残ったって事はツいてんだろう。うし、報告しやがれ」 &ref(Hrafn.png);「あいさ。一先ず敵軍は撤退。追撃隊からはフリースランドまで押し込められそうだ、との事」 &ref(Hrafn.png);「こっちの被害は約2500。&ruby(ハスカール){重装兵部隊};も一つ壊滅してるよ。それでも8000、思ったより生き残ってる」 &ref(Toste.png);「良いね良いねえ、良い傾向だねえ。こりゃほんとに"おっかさん"の御加護があったりしてんじゃねえの? で、殺り損ねは?」 &ref(Hrafn.png);「敵の残党は約2000。別働でゼーラント解放に向うギリシア兵が若干いるってえ報告もあっけど、軍団分ける?」 &ref(Toste.png);「いや、いい……それより、"それっぽいもの"はあったか?」 &ref(Hrafn.png);「勘弁してくれよ親父、ワデンが遠浅の海とはいえ、"もの"は海底だろ? この状況で探せるもんなら、って思うぜ?」 トステは両肩を竦めて笑う。今度の笑いは「ひっひ」と皮肉気だ。 &ref(Toste.png);「違いねえ。ったく、俺らの大将も無茶を仰るぜ……おうっし、お前ら! 適当に拾いものが済んだら東に残党狩りだあ!」 ポメラニアに続いてここでの大勝、ノルドは戦いにおいてキリスト教徒への優位を取り戻しつつあった。意気は猛りに猛っていた。 ……が、その時、トステは妙な感触を覚えた。痒い。小棘が刺さった様な、疼痛。 &ref(Toste.png);(ン……?) &ref(Hrafn.png);「あ……」 ホラーフンの顔が蒼褪めている。「どうした?」と訊く前に、トステは彼の視線がトステの後ろ、礁湾の西側向こう、ゼーラントに向いている事に気付いた。 &ref(Hrafn.png);「伏せろおおおおおおおおおおおおお!!!!」 &ref(Toste.png);「どわっ!!」 ホラーフンは絶叫と共に虫船を飛び移り、トステを押し倒して覆い被さる。瞬間、 ''「ぎやあああ!!」「ぐええッ」「な、何で西から!!!?」「ひ、ひいい」「ぞ、増援があ!?」'' ホラーフンの肩越しに辛うじて確保された視界からみえたのは、無数に降り注ぐ、黒い雨。 ''「あ、ありゃあ西フランク軍じゃ!?」「うぐへぇえ」「同盟は無えんじゃなかったのかよォ!」'' その雨に降られた者が次々に斃れ、ワデン海の紅を更に深めさせていく。 何十秒経ったろうか。最初の準備射撃が、終わる。 &ref(Toste.png);「あー…………撃たれたのか」 &ref(Hrafn.png);「に、西フランク……ギーグ王の軍……ッ、何で…………!」 &ref(Toste.png);「そりゃ解らんが……その、何だ」 &ref(Toste.png);「ホラーフンよお、だから言ったろうが……死ぬ時ゃ、何着てても死ぬんだって」 ホラーフンの背に、鎖帷子を貫いて無数の棒が生えていた。軍団長である父を庇って、その背で矢の雨を受けたのだ。 &ref(Hrafn.png);「……ははっ、俺の葬船は鉄で造ってくれよ……親父の、おご……り、な………………」 &ref(Toste.png);「…………いいぜ」 宣戦も躊躇もなく強かに射掛けた新たな敵軍は、ベーフェラントの岸に雲霞の如く居並んでいた。 &ref(Toste.png);「生き残れたらな」 トステの周りでは矢の雨をやり過ごした兵達が武器を盾を構えて、立ち上がり始める。 &ref(Toste.png);「駿馬に走らせて追撃隊に散ってる奴らに状況を伝えて合流させろ!! 敵は少なく見積もって同数、多けりゃ倍! 合流の後はスティヒトへ転進!!」 &ref(Toste.png);「ついでと言っちゃあなんだが、さっきの射撃でうちの倅が死んだ!!!! だからうちの氏族の奴ぁここに残って水遊びだ!!」 一射目の観測が終わったのか、敵軍の空気がキリリと軋む。第二射が、来る。 &ref(Toste.png);''「――&ruby(クライ){叫喚};!!」'' 海を震わせ、地を響もして、ノルドの咆哮が鳴り渡る。戦の狂乱があらゆる疲労と恐怖を忘れさせる。全ての戦士が、白眼を剥きそうになる程の高揚感を共有する。 &ref(Toste.png);''「&ruby(ハヴォック){吶喊};!!!!」'' *カルル帝(後編)1.27.965~ [#re6ad3ea] **変わり行く東方 [#q704ae7b] 話を少しだけ東方に移そう。 &ref(ホルムガルド.png); この頃のホルムガルドとその王、ホルズガル。 カルル帝がヨムス・ヴァイキングのポメラニア征服から兵を引き上げさせている頃の事、ホルムガルドから特使を受ける。 ホルムガルドの特使、と言っても、スラヴ化したリューリク朝の遣いではない。 &ref(ホルムガルドの反乱.png); 今度はホルムガルド内で、ルキ氏族のフラディスラフを中心に、スラヴ化に反発するノルド族長達が派閥化し、フローニ家がリューリク家の姻族である事を根拠に、スカンジナヴィアによる東方支配を求めて反乱を起こしていたのである。 リューリク家はカルル帝と同様にヨムス・ヴァイキングの侵略に援軍を出していたが、これはノルド族長達に対するアピールも目的にしてのものだったと思われる。しかし、ノルド族長達の反発心はそんな事で抑えられる状態ではなくなっており、その援軍で兵力を減じた隙を見計らって決起した様であった。 この後、ホルムガルド内のフローニ氏族達も次々に決起しており、ホルムガルドの混沌は長期化の一途を辿っていた。 一方、その南方で成立していたルテニア王国は比較的安定していた。 &ref(オレグ.png); &ref(ルテニア.png); ルテニア王国と"肥満王"オレグ。 というのも、上記の史料は974年頃のものだが、ルテニア王・オレグは正教会に改宗している。キリスト教の統制力を存分に活用していたのである。 ルテニアの王都はキエフであり、その前身は"異人の"デュレによるキエフ大族領でありコーヌガルド小王国であるが、デュレを始祖とするオスキルド朝は2代目のホロルフが国内のスラヴ勢力の革命によって滅ぼされており、その事が却って国内を安定させたのだと考えられる。 ホルムガルドのノルドがカルル帝の支配を求めたのも、ルテニアの躍進を恐れての事であったのではないだろうか。 カルル帝とスカンジナヴィア族長達は東方の様相を一旦静観する。彼らが兵力を向けるべき先は、既に決まっていたのだ。 **ネヘレニア戦争 [#e63b009d] 先ず、この頃の西欧一帯の地図を確認しよう。 &ref(フランク.png); 東フランクの西進によって中フランクとイタリアが両断されて、西フランクとアキテーヌに接触している。また、バイエルンが中フランクから分離している。兵力については、バイエルンが3000、アキテーヌが7000、東・中・西フランクはそれぞれ10000程で拮抗していたと考えられている。 これらフランク系の国家は何れもカロリング朝の版図であったが、中フランク(及びバイエルン)は、2代前の女王・アデーレがプラウエン伯・ロスティスラフと結婚した事で、モラヴィア王国に由来する東欧系の血筋であるモイミル朝となっていた。アデーレとロスティスラフの版図は、唯一の息子であったペルリム残酷王に継承されたが、ペルリムの死後、中フランクとイタリア王冠は長男・ズビネックに、バイエルン王冠は次男・ロスティスラフに分割継承されたのである。 &ref(ズビネック.png); ズビネック悪王。武力と陰謀を恃む野心的な人物で知られる。妹をビザンツ帝の弟に嫁がせるなど、カロリング外の同盟関係の構築に積極的であった。 &ref(ワデン海.png); 965年、5月末。スカンジナヴィア帝国は艦隊約40隻に、ユート氏族のトステを軍団長とする常備軍4000名を満載してワデン海につける。 そして宣戦布告と同時に、ゼーラントに上陸したのである。 &ref(Karl.png);「古き神々を畏れぬ悪王・ズビネックよ、その海に眠る者の名を汝は知るまい」 &ref(Karl.png);「その地が嘗て、何と言う名で知られていたのかをも、汝は知るまい」 &ref(Karl.png);「知らぬままで良い、知る必要もない。何も解らぬまま、ゼーラントをノルドに明け渡せ」 &ref(Karl.png);「これは正式な宣戦布告である。手向かうならば、失われし女神の呪いを受ける覚悟をせよ」 ズビネック王にとって、この宣戦布告は寝耳に水であっただろう。スカンジナヴィアは来るべきスウェーデンとの再統一戦争に向けて国力の増強を急いでいる筈で、ゼーラント一つが大きな利益になるとは到底思えない。標的にするならば請求権を持つホルムガルドか、未だ群雄割拠し、大異教軍の残党が版図を持つブリテン島になると考えていたのではないだろうか。 しかし、カルル帝が急いでいたのは拡張ではなく、ウプサラ喪失を埋める「聖地の確保」であった。ではなぜ、この地が「聖地」と看做されたのか。 ノルド聖典は、カルル帝が夢の中で神々に啓示を授けられ、失われた女神の救出を依頼された、と記している。しかし、数々の史料が示す事によれば、それは&ruby(ロースピーカー){語り部};でもあった前王妃・リンダから始まる、「神の探究」による成果である事が解っている。 &ref(ノルド宗教の状態.png); ノルドは海を渡る略奪者として恐れられた。&ruby(ドラゴンシップ){竜船};を駆って欧州の海を縦横無尽に暴れ回り、膨大な金品や奴隷を掻き集めて財をなして来た。しかし、これによって集められたのは財宝だけではない。リンダ妃と彼女に続いた神官達は、略奪物や交易品に国外の史料を求め、価値あるものには高額の報奨金を出す事で積極的に収集し、研究したのである。 ノルドの船は喫水が浅く、&ruby(スネッケ){虫船};と呼ばれる比較的小型の船種に至っては50cmの浅瀬での運用すら可能であった。この卓越した水上機動力は河川を利用しての&ruby(ヴァイキング){略奪遠征};を可能とし、黒海やカスピ海と言った東南の内海にも出没したと言われている(ビザンツ帝国ではこのヴァイキングの武力を買って、ヴァリヤーギ親衛隊が結成されたのも有名な話である)。 特にビザンツやアラブでは良質な文献資料が多く残されており、ノルドの神官達はそれらの史料によって古代ローマまで欧州史を遡る事ができたと考えられている。そして、ノルドと共通項を持つ神話信仰……所謂「ゲルマン系神話」が、キリスト教化される前の欧州ではどこまで信仰されていたのかを、探究したのである。 元来、ノルド人は信仰の根拠を自らの氏族に持ち、強く土地に由来する民族性を意識し始めるのは丁度この頃くらいからである(デーン人、ノース人、スヴェア人、といったノルド人の区別は「どの王の臣民である氏族か」という区別であって、本来は土地に由来しない)。そんな時期に「土地と歴史」のみを頼りにした聖地探究が行われた事は驚嘆に値する。良く言って柔軟な、悪く言えば拘りの無い、ノルド人だからこそできた事だっただろう。 その結果、見出されたのがゼーラント……いや、『ガヌエンタ』だったのである。 ガヌエンタは古代ローマ時代に存在していた貿易都市で、コリンスプラートの北方に水没してしまった街だと言われている。 この街では嘗てネヘレニアと呼ばれる海の女神がゲルマン人や大陸ケルト人に信仰されており、特に船乗りには北海の化身として親しまれていたという。ネヘレニアはゲルマン祖語での名をネルトゥスと言い、ノルドの海神・ニョルドの女性形であるとも考えられている。そして彼女こそ、「ロキの口論」で存在のみが伝えられたニョルドの恋人でもあった妹であり、フレイ・フレイヤの母親なのだとされたのである。 後に「ネヘレニア戦争」と呼ばれるこの戦いは、聖地としての正当性を得る為に、ネヘレニア信仰とガヌエンタの痕跡を発掘する事を目的にしたものだったのである。 しかし「ガヌエンタ」が聖地として選ばれた理由は、何もネヘレニアだけが理由ではなかった。いや、ずばり言ってしまえば、ノルドは幾らでも「聖地を選べる」状態だったのではないかと筆者は考える((いや、ゲーム的には選べないんですがねww))。ゴート族のローマ侵入を根拠にすればゲルマン神話の信仰範囲はヴィスワ川から西欧全土に解釈でき、言ってしまえば、その中から「それらしい場所」を選べば良かっただけとも考えられるのだ。つまり、聖地獲得の為にゼーラント侵略が選ばれたのは、軍事的な理由ではないだろうか? スカンジナヴィアにとって重要なのは、中フランクがカロリング朝との、つまり東西フランク王国との同盟関係を喪失していた事だったのではないだろうか? &ref(ルクセンブルク.png); ズビネック王はこの頃、アゼルバイジャンを求めて侵攻するビザンツ帝の援軍要請に応じており、加えて、弟に分割相続されたバイエルンを再併合しようと兵を出している。更に、この戦争の数年前には対立教皇を擁立してカソリック教会の信望を完全に喪失していた(その時には西フランクに倒されている)。繰り返しになるが……攻め込むには絶好の機会であった事が、ゼーラント侵攻の理由だったのではないだろうか。 ともかく、先ずは艦隊から上陸した常備軍4000名、それに陸路で徴集兵6500名が合流し、968年の中頃にはゼーラントからホランド、西フリースランドの占領が完了した様である。そこで漸く中フランクの同盟国、ビザンツ・ボヘミア軍の合計約12000名が到着。ゼーラントへの進路を妨害するスカンジナヴィア軍と、ヴラーディンゲンで全面衝突となる。 &ref(ヴラールディンゲンの戦い.png); &ref(エグモンドの戦い.png); 10500対12000、数ではスカンジナヴィアが不利だったが、練度では圧倒していた。8000人以上を生存させる事に成功し、追撃戦となるエグモンドの戦いでは殆ど損害を受ける事もなく敵軍を蹴散らしている。 ゼーラント割譲を強要可能な所まであと一息、と思われたその時……奇妙な戦いが起こる。 余程の混乱だったのか、状況を推し量る詳しい史料は残っていないが、同盟関係に無い筈の西フランク軍約10000が、ギーグ王本人に率いられて中フランクに加勢したというのである((すいません、実際混乱してて全然スクショ取れてません……;))。この加勢はスカンジナヴィアに対する宣戦布告もなく行われているが、どうもこれは、スウェーデンが東フランクに侵略戦争を仕掛けたのに対して援軍を送る道中、通りすがるついでのつもりで行われた攻撃であった様だ((この辺、敵対関係が少々バグってるみたいで、通常の挙動ではありません))。 ともかく、スカンジナヴィア軍は奇襲を受けながらも何とかスティヒトへ降り、そこで西フランク・ビザンツ・ボヘミア軍の合計約13000と再戦となる。 ヴラーディンゲンの戦い以上の員数差に徐々に圧倒されるスカンジナヴィア軍だったが、一瞬でそれを覆す大戦果を挙げる。 &ref(ギーグ王、戦死.png); トステを中心とした&ruby(ハスカール){重装歩兵};の特選部隊が、ギーグ王の首級を挙げたのである。 &ref(撤退んぐ.png); 王の首を掲げて勝鬨を上げるヴァイキング達の姿に、西フランク軍は完全に戦意を喪失し、おおわらわで撤退を開始する。 残されたビザンツ・ボヘミア軍は員数を3000を割っており、間もなく壊走となった。 10500の軍で、都合20000以上の敵軍を退けたこの奇跡的勝利を、ノルド達が「聖地の加護」と考えた事は自然であっただろう。 &ref(ゼーラント獲得.png); この戦いの後、間もなくズビネック王は割譲を承認。ゼーラントはスカンジナビア領となった。 トーレンの司教は教権の不可侵によって聖堂に残っていたが、カルル帝は帝国領内にカソリック聖堂が残る事を認めず、ノルド神官による接収を決定。十字を手に、飽くまでノルド人に神の慈悲を説こうとする司教を聖堂から引きずり出させ、&ruby(イコン){聖画像};を残らず破壊させたという。 そして彼に代わってトーレンに叙任されたのは、「トーレンのリンダ」で知られる、カルル帝の孫にしてフレイ皇太子の長女であるリンダであった。 &ref(トーレンのリンダ.png); トーレンのリンダ。その熱狂的とも言える信仰心を買われ、ガヌエンタ探索の指揮を任されている。夫はユート氏族のシグルドで、フローニとユートの結び付きの強さが解る。 つまり、帝室からの神官叙任である。如何にスカンジナヴィアがゼーラントを重要視しているか、それをキリスト教国が理解し始めたのはこの時であった。 &ref(Tlinda.png);「幾百年の波に洗われるとも、真に神聖なるものは滅ぶ事がありません」 &ref(Tlinda.png);「エーシルとヴァニルの争いで始まった永き隔絶の時を終わらせ、親子の抱擁する時こそ今。聖地ガヌエンタの甦る時は今」 &ref(Tlinda.png);「女神を、ネヘレニアを、お救い申し上げるのです」 そうして、「発掘」と「略奪」が始まった。大陸にゼーラントという絶好の拠点を得たスカンジナヴィア軍は、「女神の探索」の為に周辺海域に何度も艦隊を出した。それはそのまま略奪者としても編成され、最早自衛の戦力を持たない中フランク北部で存分に猛威を揮ったという。 また、丁度この頃にブリテン島のトティルがサフォークの征服に成功し、先述したスウェーデンによる東フランク攻撃もスウェーデンの圧倒的優勢で進んでいた。キリスト教国各地で、何百人もの無辜のキリスト教徒が奴隷として連れ去られ、ノルドの目に付いた全ての教会は火を放たれたと、キリスト教徒達は無数の恐怖に満ちた記録を残している。 &ref(トティルがんばった.png); &ref(ブリテンノルド.png); 一時はヨルヴィク以外の版図を喪失していたブリテン島のノルドだが、この征服によってヨルヴィク、ケント、サフォークを支配下に置いている。 折りしも時は10世紀の後半、最初の千年紀の終わりが近付いてきた事で、キリスト教徒達の中には黙示録の到来を信じる終末思想が広まり始めた頃でもあった。それを信じる人々は、「地上の千年王国」であるべきフランクを蹂躙するノルド達を「終末の獣」に見立て、信仰の再生を唱える様になっていった。 ノルドは、キリスト教徒にとって「終末」の恐怖の象徴となったのである。それはノルドにとって、古き神々の正統を確信させていく事でもあった。 そして―― **幕間「&ruby(フィルキル){盟主};」 [#f80972f0] 『それ』は、余りにも素朴な聖像だった。 女神の移し身は犬を伴って&ruby(ホフ){聖なる館};の内側に座し、籠に満載されたパンを傍らに彫刻されている。 往時には施されていたであろうあらゆる彩色と装飾は失われ、何世紀もの時を塩水に洗われた事でその造形も鈍い。 だが、これがただの像であれば、こうしてノルドの目を集める事はなかっただろう。 これが単なる略奪物であれば、海底の砂となるまで省みられる事もなかっただろう。 それは紛れも無く聖なるものだった。定命の者には超えられぬ時の隔たりを超えて、それは再び信仰を得ようとしていた。 &ref(Karl.png);「……」 カルルは一歩一歩に引き摺る様な重さを感じながら、女神に近付いて行く。 &ref(Karl.png);「……」 カルルが拝跪する。居並ぶ族長達が、それを凝視する。 &ref(Karl.png);「……」 カルルが、女神に手を伸ばす。触れた。 &ref(Karl.png);「…………!」 雷鳴。寺院の外は晴天であるのに、それは地響きを伴う大音声で轟いた。 しかし、それにどよめく者は誰もいなかった。それは、世界の全ての色彩が反転し、時間が止まっているかの様な瞬間だった。 &ref(Freyja.png);(…………合格よ、カルル) &ruby(フレイヤ){女神};の、声がする。 &ref(Freyja.png);(ノルド達が古き神々を忘れ去って、悲劇の結末を迎える『&ruby(ラグナレク){神々の宿命};』) &ref(Freyja.png);(私は、それを回避する為に何度も歴史の始まりに戻って、何千万回かも解らない『書き直し』を試みたけれど) &ref(Freyja.png);(……ここまで辿り着けたのは、貴方が最初。そしてきっと最後) &ref(Freyja.png);(だから、ご褒美に約束を果たしてあげる) &ref(Freyja.png);(そのまま、目を瞑りなさい。後の事は息子達に任せて、セスルームニルにお上がりなさい。リンダに、逢わせてあげるわ) 女神の言葉を聴きながら、カルルは立ち上がる。その視線の先には一人の少女がいる。 ぞっとする程、美しい少女だ。その瞳は溢れる才気と野心で滾り、既に女帝の傲岸さを備えてさえいた。 &ref(Inga.png);「……」 今や、彼女の美しさこそ、カルルにとっての現実だった。 リンダに焦がれる余りに視るセスルームニルの夢や、こんな幻聴など、何でもなかった。 それは、死後の楽しみで十分だった。 &ref(Karl.png);(悪いな、婆さん。リンダにはもう少し待たせておいてくれ) &ref(Karl.png);(俺にはこっちで済ませなきゃいけない事が、増えちまったんだ) フレイヤの幻影は溜息を一つ残して、それきり消えてしまった。もう現れる事もないだろう。 カルルには、生きる理由ができていたから。 カルルは目を瞠く。両腕を広げる。宣言する。 &ref(Karl.png);「……盟約を果たそう」 &ref(Karl.png);「&ruby(フィルケ){我が民};よ、百年の嘗てに交わされた、フローニの盟約を果たす」 そこで、一人の男が前に出た。 &ref(HraneJ.png);「&ruby(ケーザリ){皇帝};、フローニのカルルよ」 彼の後ろには&ruby(ヨムス・ヴァイキング){ヨームの戦士団};が随っている。戦長にして、嘗てのフローニの宿敵・ローンヴァルドの孫、ホラーネだった。 &ref(HraneJ.png);「……我らは報われた。オーディン、トール、そして&ruby(インリング){我が氏族};の名の下、汝を&ruby(フィルキル){盟主};として迎え、永久の忠誠を誓おう」 インリングが、ヨムス・ヴァイキングが、フローニに膝をつき、頭を垂れる。それは歴史的な瞬間だった。 &ref(HraneJ.png);''「歓呼せよ!!!!」'' '''「&ruby(フィルキル){盟主};……」''' '''「&ruby(フィルキル){盟主};よ……」''' '''「我らが&ruby(フィルキル){盟主};よ!!」''' '''「全てのノルドの&ruby(フィルキル){盟主};よ!」''' ノルド達が歓呼する。 '''「&ruby(フィルキル){盟主};!!」「&ruby(フィルキル){盟主};!!」「&ruby(フィルキル){盟主};!!」「&ruby(フィルキル){盟主};!!」''' スカンディア全てを包む歓声が、ノルドの勝利を、そしてこれからも重ねられるであろう勝利に次ぐ勝利を、祝福していた。 &ref(Karl.png);''「応じよう! 我はフローニのカルル!! &ruby(カルル・ヤルンシーダ){"鉄心の"カルル};である!!」'' &ref(Karl.png);''「スカンディアの王冠を束ねる&ruby(ケーザリ){皇帝};にして、古き神々と汝らの盟約を果たす&ruby(フィルキル){盟主};なり!!!!」'' **&ruby(フィルキレート・ノルド){盟約のノルド}; [#ce3f270c] 969年6月19日。 &ref(よむよむ.png); &ref(革新!.png); &ref(革新んぐ.png); コリンスプラート海岸の海中から発掘されたネヘレニアの聖像が莫大な略奪品と共にホレイドラ寺院まで運ばれた。召喚された神官達とヨムス・ヴァイキングはこの偉業を以てカルル帝を神々と人間の仲介者であり祭祀の主宰者と承認し、初代"&ruby(フィルキル){盟主};"の位階に迎えた。そして各地から集められた伝承の数々を統合し、聖典として編纂する事が決定され、それが「正統」の信仰とされる様になった。 これが、カルル帝最大の偉業として讃えられる''"&ruby(フィルキレート・ノルド){盟約のノルド};"''の始まりである。 これ以降、ノルド世界の階級構造はより封建的に再構成され、先進的なキリスト世界やイスラム世界の文化を積極的に吸収する様になるのである。 &ref(盟主カルル.png); また、この前後に氏族の忠労を讃えて、フィンランド王冠はユート氏族の長・アヌンドルに授与されている((本来は無限に持てる王冠ですが、これ以降は自分の王冠は3つまでに縛ってプレイする……予定だったのですが、2.2環境で封臣数制限と総督任命ができて王冠数にも実質の限界ができた感じですし、あげなきゃ良かった……;))。 |[[AAR/フレイヤの末裔/盟主カルル(完結編)]]に続く。|
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[[AAR/フレイヤの末裔]] [[AAR/フレイヤの末裔/カルル王(中編)]] **幕間「最良の聖地」 [#bf02f0e2] '''幕に秘された戦車の献じられ、神官のみが触れる事を許された聖なる海の島、不可侵なる木立の中。彼はその女神が、その奥所に訪れたのに気付き、深い崇敬と共に、牛の牽く車に案内をさせた。この季節、全ては喜びに満ちた。そして女神の訪なわれる処全てが祝祭の場所だった。あらゆる争いは治まり、武器は置かれ、或いは仕舞われた。平和が広まり、誰もが安心を得た。その司祭が女神を寺院に案内し、人々との交わりに満足する度に、愛に満たされた。''' '''我々の信じる限りでは、戦車とその幕、そして女神は秘密の湖で清められた。この儀式は奴隷達の手で行われ、その湖は忽ちに彼らを飲み込んでしまうのだった。''' '''――タキトゥス『ゲルマニア』 40,9''' 968年。西フランク王国、パリ。 &ref(Hrodulf.png);「勇者は勇者を知るものでありますれば、カルル陛下はギーグ陛下こそフランクの覇者、真のカロリングに相応しいと御考えに御座います」 ホロズルフは、少々のゲルマン訛りはあるが、流暢なフランク語で朗々と語る。彼の氏族、ステンボックは前王妃・リンダの氏族として知られる博学才穎の氏族だ。彼の任務は、いずれ行われるスカンジナヴィア南進の際に、西フランクが東フランクに加勢しないように、スカンジナヴィアの帝国統一が西フランクにとって有益であるという事をアピールする事……所謂「遠交近攻」策の要だ。スカンジナヴィア帝国からスウェーデンが分離した事で帝国の南進は繰り越される事になったが、西フランクとの友好状態が保たれる事がスカンジナヴィアにとって重要である事に変わりはない。ホロズルフの弁舌は、今日もロキの如く悪辣に冴え渡る。 &ref(Hrodulf.png);「分割相続は古き因習。ルートヴィヒ1世の過ちを正し、『大帝』の名を継ぐのは大王陛下の大使命でありましょう」 &ref(Hrodulf.png);「カロリングですらないロタール領の悪王は言うまでもなく、ゲルマンの少年はまともに口もきけぬとか。帝の器を問う資格もありますまい」 &ref(Hrodulf.png);「そうそう、ズビネック王と言えば、ギリシアのサラセン征伐に参加していると聞きましたぞ。全く、モイミルの根はどこまでも東側という事でしょう」 &ref(Hrodulf.png);「先の対立教皇の件の直後にこれなのですから、陛下の手心が改心を促すべく行われたものと理解できなかったものと見えます」 &ref(Hrodulf.png);「ここは、我らノルドにお任せあれ。今度こそ骨身に懲罰の痛みを沁ませてやりましょうぞ」 ホロズルフは敢えて歯を剥いて笑う。自らに「獰猛なノルド」を強調する。西フランク王にだけでなく、傍に控える大臣や衛士達にも見せ付ける。 '''我ら、&ruby(スカンジナヴィア){暗黒の島};に棲む悪鬼"なり――''' しかし、ギーグは決して、人の真意をその言動だけで判断しない。この西フランク王の基準は常に猜疑と実利。だからこそ、ギーグはヴァイキング達と馬が合った。蛮人の行動原理は単純明快、欲するが侭に奪い、邪魔する者があれば殺し、侮辱されれば復讐する。ヴァイキングは教会だとか騎士道だとか言った「尊いもの」に固執せず、臆面がなく、臆病でもない。つまり、「教皇」だの「懲罰」だのは方便で、方便でしかない事を隠しもしていない。 &ref(Guiges.png);「はっ、何の事もない。奴らが兵を中東に出している隙に泥棒を働いているだけではないか」 片頬を上げて困った様に笑いながら、ギーグはホロズルフに問う。ホロズルフは感服した様に目を伏せ、務めて慇懃に、蛮族の傲岸さを滲ませて応じる。 &ref(Hrodulf.png);「はい、剥き身の財宝に目の眩まぬノルドはおりません」 ギーグは「くっく」と笑う。 &ref(Guiges.png);「スウェーデンとの停戦期間が手持ち無沙汰と見えるな。カルルもつくづく不運な男だ」 &ref(Hrodulf.png);「いやはやお恥ずかしい。しかしムンソの若造はギーグ陛下にとって僥倖となりましょう。何と言っても、ノルドの若造です」 &ref(Hrodulf.png);「あれはきっと、集めた"勇士"達を持て余して、東フランクへ南下しましょう。奴の若さではボヘミアへ流して兵を温存する事は考えますまい」 &ref(Hrodulf.png);「そこを、ギーグ陛下が御救済されれば、ゲルマンの民にも陛下の御勇魂が解ろうというものかと」 ホロズルフは大袈裟に両手を広げて見せる。ギーグの様な疑り深い手合いには、こう言った露骨な修辞やオーバーアクションが却って緩衝になって話し易い。予め、相手にこちらの真意を測らせる一拍を作る事で、それ以上踏み込んで来る確率が減らせるのだ。 &ref(Guiges.png);「何が『ギーグ陛下にとって』だ。つまり、東西フランクにスウェーデンの兵が切り崩されるのを期待しておるのであろうが」 &ref(Hrodulf.png);「いやはや、お恥ずかしい」 &ref(Guiges.png);「くっくっく、良い良い。余は貴様らノルドの、そういう図々しい所が嫌いではない」 &ref(Guiges.png);「しかしロタールの財宝と言うがな、あの地は余に耕されてそう経ってはおらん。&ruby(ハックシルフ){切銀};何片も残ってはおらんのではないか?」 &ref(Hrodulf.png);「いえいえ、大きな取り零しが御座いましたので、浚わせて頂こうかと」 ギーグの片眉が訝しげに上がる。問う。 &ref(Guiges.png);「……フローニのカルルは何を欲しがっている」 ホロズルフは目を細める。応じる。 &ref(Hrodulf.png);「島を」 &ref(Guiges.png);「ゼーラントか」 &ref(Hrodulf.png);「はい、殊にコリンスプラートの海岸を御気に召されて御座います」 &ref(Guiges.png);「……あんな僻地に何があるというのだ」 &ref(Hrodulf.png);「さあ、それは私めの様な、いち族長如きには何とも」 &ref(Guiges.png);「略奪の拠点か? 余の目と鼻の先で?」 &ref(Hrodulf.png);「いやはや」 数秒の沈黙。ギーグの視線は鋭さを増すが、ホロズルフの笑みは鉄壁を保つ。 &ref(Guiges.png);「……まあ良い、好きにせよ。それに行儀の悪い貴様らの事だ、死兵の歯を毟ってでも金に換えるのだろうから」 &ref(Hrodulf.png);「流石は陛下、御話が早い。アウストラシアに今馳せている猛者達全員に御引見されても、御時間を余らせてしまいそうです」 &ref(Guiges.png);「ふん」 ギーグはホロズルフの大仰な社交辞令を鼻息一つで払い除ける。多少つまらなさは有ったが、カルルの狙いが何であれ、身体不可侵を約束されているホロズルフにそれを吐かせる方法も見当たらないのだ。 「陛下、御耳を……」 大臣の一人が壇下のホロズルフから目を離さぬまま、ギーグに何事か耳打ちした。その表情は不安気で不快気だったが、彼の言った何事かを受けたギーグは目を瞠いて、可笑しそうに太い身体を揺すって笑い始めた。 &ref(Guiges.png);「くっくっく! ノルドというのはこれだから恐れ入る!」 &ref(Guiges.png);「余の具足をもて! 諸侯達に兵と馬を揃えさせよ!!」 &ref(Hrodulf.png);(……もう始まったのか) 確認する。 &ref(Hrodulf.png);「御出陣でありましょうか」 &ref(Guiges.png);「ああ、お前の言った通りだホロズルフ。オットーめ、北から鬼が来るから助けてくれ、と子供らしく泣き付いて来おったわ!」 &ref(Guiges.png);「それにボヘミアとギリシアが軍をゼーラントに寄せているそうだぞ? 如何にカルルの軍隊といえど、意外と簡単にはいかんのじゃあないか? ん?」 &ref(Hrodulf.png);「それはそれは……」 &ref(Hrodulf.png);(アスビョルンの動きは予想より少し遅いか……まあ、大した事ではないだろう。スウェーデンが分離した時はどうなる事かと思ったが――) やはり、アスビョルンの軍が南進を開始した様だった。 アスビョルンにはそれしかない。そうせざるを得ないのだから当然だ。 &ref(Hrodulf.png);(――ムンソも、運の尽きだな) ホロズルフはほくそ笑む。そこに、今度はギーグの方が声を掛けた。 &ref(Guiges.png);「所でホロズルフ、もう一度訊くのだが、コリンスプラートに何があるというのだ?」 &ref(Hrodulf.png);「それは私めからは何とも……」 &ref(Guiges.png);「そうか……道中踏み潰さぬ様にしたいかと思ったが、解らぬでは気の付け様もないな」 &ref(Hrodulf.png);「……!?」 ホロズルフの背筋が凍る。 &ref(Hrodulf.png);(測り違えたか……!!) 見誤った、測り違えたのだ、ギーグという男の内に猜疑と実利で蜷局を巻く、&ruby(アンフィスバエナ){双頭蛇};の大きさを。 あらゆる陰謀を叩き潰す最も効率的な方法、ギーグは暗に、それをそうすると、そう言っているのだ。 &ref(Hrodulf.png);(ボヘミア・ギリシア軍と合流してスカンディア軍を潰すつもりか……!!) '''真意の明かさぬ者は、何かをする前に殺せば良い。語る口が無いのは死人も同じ――''' ギーグの目が、そう語っているのが解ったのだ。 「御時間です」 大臣が告げる。ギーグは最早ホロズルフを一瞥する事もなく玉座を立ち、退廷しようとしている。 &ref(Hrodulf.png);「陛下! ロタールの戦争に、何の名分で参加されようというのですか!! カロリングの名に汚痕を残しますぞ!!!!」 &ref(Guiges.png);「何を馬鹿馬鹿しい。余はお前とオットーに請われてノルドを殺しに行くのではないか」 &ref(Guiges.png);「それでノルドを殺して何が悪い」 &ref(Hrodulf.png);「ギーグ!!!!」 ギーグは去った。それでも喚こうと抗うホロズルフを、衛士が両側から掴んで外へ引き摺る。外交官特権がなければ行き先は牢獄だったろう。 &ref(Hrodulf.png);「ギーグ!! 貴様は呪われろ! ノルドを! 我らが神々を畏れぬ貴様は! きっと古き神の呪いで、惨たらしく死ぬのだあああ!!!!」 * * * その4年前――964年。デンマーク王国、ホーセンス。 「聖地を取り戻す」……神官達を率い、そう提案するフレイに、カルルは率直に言う。 &ref(Karl.png);「聖地……というが、スヴィドヨッドの兵力を如何に凌ぐ? 義勇軍に過ぎないとはいえ、ああも大軍では削り切るまでに余の寿命が間に合うまい」 それに返答したのは宮廷預言者として神官達を統括する皇太子妃・ギュリドだった。 &ref(Gyrid.png);「何を気弱な……と言いたい所ですが、現実的に見て、ウプサラの再奪を目指せばそうなる可能性は低くはないでしょう」 &ref(Gyrid.png);「……ですから、目指すべきはウプサラではありません」 そこで、ホレイドラの&ruby(ゴディ){神官};・エイナルが進み出る。張りの無い肌に撚れた髪の、みすぼらしくも映る外見だが、その瞳には知性の光が冷たく輝いている。 その枯れ枝の様な手には、数冊の古書。良く見れば、他の神官達の手にも古書や、金細工、護符と思しいものが携えられている。 &ref(Hleidra.png);「陛下、我らはリンダ妃御存命の頃はかの方に、その後にはギュリド様の御命に従い、集積された無数の文献・遺産を研究させていただきました」 &ref(Hleidra.png);「それが、何の為か御理解いただけておりましょうや?」 &ref(Karl.png);「……無数に散らばる神話を統合し、神権を一人の頂点者と一つの聖典に集める為、と聞いているが」 カルル自身も、神々への理解を深めようと書を読み漁った時期があった。その時に身に付けた知識は実際、王務に役立てられているが、やはりカルルにとっては覇業の完遂こそが本分であった。神学の探究は宮廷預言者であるギュリドに司らせて、成果を待つ姿勢であった事を責める事は誰もしなかった。 エイナルは、にっか、と笑うと、手許の書束を並べ始めた。 &ref(Hleidra.png);「然り然り。では我々の『古き神々』が、実際にはどれ程散らばっているのかを、御考えになった事はあられますかな?」 &ref(Karl.png);「何……? どういう事だ」 並べた書を一つ取ってはバラバラとめくり、一くさりめくっては置いて、を繰り返しながら、エイナルは続ける。 &ref(Hleidra.png);「ザクセン。嘗て、&ruby(エーシルとヴァニル){我々と同じ神々};を違う名で奉じた、サクソン人の版図は御存知ですな」 &ref(Karl.png);「うむ。カール大帝によって征服され、キリスト教化&ruby(・ ・ ・ ・){させられ};、フランク人と混血&ruby(・ ・ ・ ・){させられ};た者達の版図であろう」 &ref(Hleidra.png);「はい。ふふふ、そうカール大帝に……&ruby(カール){カルル};皇帝陛下。ふふふふふ……」 エイナルは敢えてゲルマン風にカルルの名を発音し、それがこの世で一番面白い冗談だとでも言う様に笑う。カルルは黙殺する。重要でもなければ、皮肉にもならない。 &ref(Hleidra.png);「失礼失礼……そのカール大帝によるザクセン征伐は、聖樹・&ruby(イルミンスル){世界の柱};……即ち&ruby(イグドラシル){世界樹};を伐り倒す事から始まりました」 &ref(Hleidra.png);「あのハンマブルクの城砦、『世界の門』が建造されたのもその頃の事。ふふふ、『&ruby(シャルルマーニュ){大帝};』ともあろう者が自ら世界に果てを造るとは、全く臆病な事です」 カルルの脳裏に、父・アンラウフの姿が思い出される。当時、生まれたばかりのカルルはその戦いを知らない。しかし、アンラウフは繰り返し繰り返し、ハンマブルクに挑戦した事を苦々しく回顧していたのだ。そう、そこはノルドがキリスト教徒に最大の大敗を喫した地でもある――。 &ref(Karl.png);「…………話を戻せ。つまり、ザクセンの世界樹を我々が『奪還』する事で、聖地にしろとでもいうのか?」 エイナルは口を輪にして驚いてみせると、慌てて両手を振ってカルルの推理を否定する。 &ref(Hleidra.png);「いえいえいえいえ、パデルボルンは内陸。仮に南進に成功したとしても、版図を延ばすのには時間が掛かり過ぎるでしょう」 &ref(Hleidra.png);「しかし、陛下はやはり御賢明であられます。そう、我々の研究成果の一つはそれなのです」 &ref(Hleidra.png);「『&ruby(エーシルとヴァニル){我らが神々};』は、『&ruby(スカンディア){我らが世界};』の外側にも、在られるという事なのです」 神官達が、次々に携えていたものを並べ始める。ローマ字、ルーン文字、そして見た事もない文字の古書群。欠けや錆びに永い経年を窺わせる遺物群。未知の、しかしどこか思わし気な様式の、幾つもの護符。次々に、次々に。 エイナルは、にっか、と笑う。それは、友人を悪戯の共犯に誘う、子供の様な笑みだった。 &ref(Hleidra.png);「さあ陛下。最良の聖地を、選びましょうぞ」 * * * 再び、968年。中フランク王国、ホランド。 ワデンの浅瀬は深紅に染まっていた。生き残った者達が波に洗われる無数の屍を漁って、金になるものは骨までしゃぶり取る勢いだ。 トステは斧を担いで膝丈の海をざぶざぶと歩き、それを眺めながら、&ruby(スネッケ){虫船};で寄せて来た副長・ホラーフンに声を掛けた。 &ref(Toste.png);「おう、ホラーフン。死に損ねたか」 &ref(Hrafn.png);「親父こそだぜ…………」 ホラーフンは鎖帷子の襟を緩めながら答える。余りの疲労感に、呼吸する度寿命が縮む心地がしていた。 一方のトステが50歳を目前にしているとはとても見えない隆々たる体躯に纏うのは、飾り気のない皮の服と外套のみだ。 &ref(Toste.png);「だから鎖帷子はやめとけって言ったろうが。お前が重くなった分だけ詰めるお宝も減るんだぜ?」 &ref(Toste.png);「大体お前、死ぬ時ゃ何着てても死ぬんだよ? 襤褸だろうが絹だろうが革だろうが鎧だろうがな!」 トステはゲラゲラと笑う。しかしホラーフンからすれば、父の神経の方が解らない。しかし、そのヴァイキング振りに憧れてもいた。 両軍共に一万を超える大軍隊同士の血戦だ。その直中、トステは大笑いで大斧を振るって、死線を愉しんでいた。 キリスト教徒達に「人喰いトステ」と呼ばわれて恐れられるこの軍団長は、部下にもその余りに旺盛な闘争意欲と武力で畏れられ、同時に敬われていた。 &ref(Toste.png);「ま、生き残ったって事はツいてんだろう。うし、報告しやがれ」 &ref(Hrafn.png);「あいさ。一先ず敵軍は撤退。追撃隊からはフリースランドまで押し込められそうだ、との事」 &ref(Hrafn.png);「こっちの被害は約2500。&ruby(ハスカール){重装兵部隊};も一つ壊滅してるよ。それでも8000、思ったより生き残ってる」 &ref(Toste.png);「良いね良いねえ、良い傾向だねえ。こりゃほんとに"おっかさん"の御加護があったりしてんじゃねえの? で、殺り損ねは?」 &ref(Hrafn.png);「敵の残党は約2000。別働でゼーラント解放に向うギリシア兵が若干いるってえ報告もあっけど、軍団分ける?」 &ref(Toste.png);「いや、いい……それより、"それっぽいもの"はあったか?」 &ref(Hrafn.png);「勘弁してくれよ親父、ワデンが遠浅の海とはいえ、"もの"は海底だろ? この状況で探せるもんなら、って思うぜ?」 トステは両肩を竦めて笑う。今度の笑いは「ひっひ」と皮肉気だ。 &ref(Toste.png);「違いねえ。ったく、俺らの大将も無茶を仰るぜ……おうっし、お前ら! 適当に拾いものが済んだら東に残党狩りだあ!」 ポメラニアに続いてここでの大勝、ノルドは戦いにおいてキリスト教徒への優位を取り戻しつつあった。意気は猛りに猛っていた。 ……が、その時、トステは妙な感触を覚えた。痒い。小棘が刺さった様な、疼痛。 &ref(Toste.png);(ン……?) &ref(Hrafn.png);「あ……」 ホラーフンの顔が蒼褪めている。「どうした?」と訊く前に、トステは彼の視線がトステの後ろ、礁湾の西側向こう、ゼーラントに向いている事に気付いた。 &ref(Hrafn.png);「伏せろおおおおおおおおおおおおお!!!!」 &ref(Toste.png);「どわっ!!」 ホラーフンは絶叫と共に虫船を飛び移り、トステを押し倒して覆い被さる。瞬間、 ''「ぎやあああ!!」「ぐええッ」「な、何で西から!!!?」「ひ、ひいい」「ぞ、増援があ!?」'' ホラーフンの肩越しに辛うじて確保された視界からみえたのは、無数に降り注ぐ、黒い雨。 ''「あ、ありゃあ西フランク軍じゃ!?」「うぐへぇえ」「同盟は無えんじゃなかったのかよォ!」'' その雨に降られた者が次々に斃れ、ワデン海の紅を更に深めさせていく。 何十秒経ったろうか。最初の準備射撃が、終わる。 &ref(Toste.png);「あー…………撃たれたのか」 &ref(Hrafn.png);「に、西フランク……ギーグ王の軍……ッ、何で…………!」 &ref(Toste.png);「そりゃ解らんが……その、何だ」 &ref(Toste.png);「ホラーフンよお、だから言ったろうが……死ぬ時ゃ、何着てても死ぬんだって」 ホラーフンの背に、鎖帷子を貫いて無数の棒が生えていた。軍団長である父を庇って、その背で矢の雨を受けたのだ。 &ref(Hrafn.png);「……ははっ、俺の葬船は鉄で造ってくれよ……親父の、おご……り、な………………」 &ref(Toste.png);「…………いいぜ」 宣戦も躊躇もなく強かに射掛けた新たな敵軍は、ベーフェラントの岸に雲霞の如く居並んでいた。 &ref(Toste.png);「生き残れたらな」 トステの周りでは矢の雨をやり過ごした兵達が武器を盾を構えて、立ち上がり始める。 &ref(Toste.png);「駿馬に走らせて追撃隊に散ってる奴らに状況を伝えて合流させろ!! 敵は少なく見積もって同数、多けりゃ倍! 合流の後はスティヒトへ転進!!」 &ref(Toste.png);「ついでと言っちゃあなんだが、さっきの射撃でうちの倅が死んだ!!!! だからうちの氏族の奴ぁここに残って水遊びだ!!」 一射目の観測が終わったのか、敵軍の空気がキリリと軋む。第二射が、来る。 &ref(Toste.png);''「――&ruby(クライ){叫喚};!!」'' 海を震わせ、地を響もして、ノルドの咆哮が鳴り渡る。戦の狂乱があらゆる疲労と恐怖を忘れさせる。全ての戦士が、白眼を剥きそうになる程の高揚感を共有する。 &ref(Toste.png);''「&ruby(ハヴォック){吶喊};!!!!」'' *カルル帝(後編)1.27.965~ [#re6ad3ea] **変わり行く東方 [#q704ae7b] 話を少しだけ東方に移そう。 &ref(ホルムガルド.png); この頃のホルムガルドとその王、ホルズガル。 カルル帝がヨムス・ヴァイキングのポメラニア征服から兵を引き上げさせている頃の事、ホルムガルドから特使を受ける。 ホルムガルドの特使、と言っても、スラヴ化したリューリク朝の遣いではない。 &ref(ホルムガルドの反乱.png); 今度はホルムガルド内で、ルキ氏族のフラディスラフを中心に、スラヴ化に反発するノルド族長達が派閥化し、フローニ家がリューリク家の姻族である事を根拠に、スカンジナヴィアによる東方支配を求めて反乱を起こしていたのである。 リューリク家はカルル帝と同様にヨムス・ヴァイキングの侵略に援軍を出していたが、これはノルド族長達に対するアピールも目的にしてのものだったと思われる。しかし、ノルド族長達の反発心はそんな事で抑えられる状態ではなくなっており、その援軍で兵力を減じた隙を見計らって決起した様であった。 この後、ホルムガルド内のフローニ氏族達も次々に決起しており、ホルムガルドの混沌は長期化の一途を辿っていた。 一方、その南方で成立していたルテニア王国は比較的安定していた。 &ref(オレグ.png); &ref(ルテニア.png); ルテニア王国と"肥満王"オレグ。 というのも、上記の史料は974年頃のものだが、ルテニア王・オレグは正教会に改宗している。キリスト教の統制力を存分に活用していたのである。 ルテニアの王都はキエフであり、その前身は"異人の"デュレによるキエフ大族領でありコーヌガルド小王国であるが、デュレを始祖とするオスキルド朝は2代目のホロルフが国内のスラヴ勢力の革命によって滅ぼされており、その事が却って国内を安定させたのだと考えられる。 ホルムガルドのノルドがカルル帝の支配を求めたのも、ルテニアの躍進を恐れての事であったのではないだろうか。 カルル帝とスカンジナヴィア族長達は東方の様相を一旦静観する。彼らが兵力を向けるべき先は、既に決まっていたのだ。 **ネヘレニア戦争 [#e63b009d] 先ず、この頃の西欧一帯の地図を確認しよう。 &ref(フランク.png); 東フランクの西進によって中フランクとイタリアが両断されて、西フランクとアキテーヌに接触している。また、バイエルンが中フランクから分離している。兵力については、バイエルンが3000、アキテーヌが7000、東・中・西フランクはそれぞれ10000程で拮抗していたと考えられている。 これらフランク系の国家は何れもカロリング朝の版図であったが、中フランク(及びバイエルン)は、2代前の女王・アデーレがプラウエン伯・ロスティスラフと結婚した事で、モラヴィア王国に由来する東欧系の血筋であるモイミル朝となっていた。アデーレとロスティスラフの版図は、唯一の息子であったペルリム残酷王に継承されたが、ペルリムの死後、中フランクとイタリア王冠は長男・ズビネックに、バイエルン王冠は次男・ロスティスラフに分割継承されたのである。 &ref(ズビネック.png); ズビネック悪王。武力と陰謀を恃む野心的な人物で知られる。妹をビザンツ帝の弟に嫁がせるなど、カロリング外の同盟関係の構築に積極的であった。 &ref(ワデン海.png); 965年、5月末。スカンジナヴィア帝国は艦隊約40隻に、ユート氏族のトステを軍団長とする常備軍4000名を満載してワデン海につける。 そして宣戦布告と同時に、ゼーラントに上陸したのである。 &ref(Karl.png);「古き神々を畏れぬ悪王・ズビネックよ、その海に眠る者の名を汝は知るまい」 &ref(Karl.png);「その地が嘗て、何と言う名で知られていたのかをも、汝は知るまい」 &ref(Karl.png);「知らぬままで良い、知る必要もない。何も解らぬまま、ゼーラントをノルドに明け渡せ」 &ref(Karl.png);「これは正式な宣戦布告である。手向かうならば、失われし女神の呪いを受ける覚悟をせよ」 ズビネック王にとって、この宣戦布告は寝耳に水であっただろう。スカンジナヴィアは来るべきスウェーデンとの再統一戦争に向けて国力の増強を急いでいる筈で、ゼーラント一つが大きな利益になるとは到底思えない。標的にするならば請求権を持つホルムガルドか、未だ群雄割拠し、大異教軍の残党が版図を持つブリテン島になると考えていたのではないだろうか。 しかし、カルル帝が急いでいたのは拡張ではなく、ウプサラ喪失を埋める「聖地の確保」であった。ではなぜ、この地が「聖地」と看做されたのか。 ノルド聖典は、カルル帝が夢の中で神々に啓示を授けられ、失われた女神の救出を依頼された、と記している。しかし、数々の史料が示す事によれば、それは&ruby(ロースピーカー){語り部};でもあった前王妃・リンダから始まる、「神の探究」による成果である事が解っている。 &ref(ノルド宗教の状態.png); ノルドは海を渡る略奪者として恐れられた。&ruby(ドラゴンシップ){竜船};を駆って欧州の海を縦横無尽に暴れ回り、膨大な金品や奴隷を掻き集めて財をなして来た。しかし、これによって集められたのは財宝だけではない。リンダ妃と彼女に続いた神官達は、略奪物や交易品に国外の史料を求め、価値あるものには高額の報奨金を出す事で積極的に収集し、研究したのである。 ノルドの船は喫水が浅く、&ruby(スネッケ){虫船};と呼ばれる比較的小型の船種に至っては50cmの浅瀬での運用すら可能であった。この卓越した水上機動力は河川を利用しての&ruby(ヴァイキング){略奪遠征};を可能とし、黒海やカスピ海と言った東南の内海にも出没したと言われている(ビザンツ帝国ではこのヴァイキングの武力を買って、ヴァリヤーギ親衛隊が結成されたのも有名な話である)。 特にビザンツやアラブでは良質な文献資料が多く残されており、ノルドの神官達はそれらの史料によって古代ローマまで欧州史を遡る事ができたと考えられている。そして、ノルドと共通項を持つ神話信仰……所謂「ゲルマン系神話」が、キリスト教化される前の欧州ではどこまで信仰されていたのかを、探究したのである。 元来、ノルド人は信仰の根拠を自らの氏族に持ち、強く土地に由来する民族性を意識し始めるのは丁度この頃くらいからである(デーン人、ノース人、スヴェア人、といったノルド人の区別は「どの王の臣民である氏族か」という区別であって、本来は土地に由来しない)。そんな時期に「土地と歴史」のみを頼りにした聖地探究が行われた事は驚嘆に値する。良く言って柔軟な、悪く言えば拘りの無い、ノルド人だからこそできた事だっただろう。 その結果、見出されたのがゼーラント……いや、『ガヌエンタ』だったのである。 ガヌエンタは古代ローマ時代に存在していた貿易都市で、コリンスプラートの北方に水没してしまった街だと言われている。 この街では嘗てネヘレニアと呼ばれる海の女神がゲルマン人や大陸ケルト人に信仰されており、特に船乗りには北海の化身として親しまれていたという。ネヘレニアはゲルマン祖語での名をネルトゥスと言い、ノルドの海神・ニョルドの女性形であるとも考えられている。そして彼女こそ、「ロキの口論」で存在のみが伝えられたニョルドの恋人でもあった妹であり、フレイ・フレイヤの母親なのだとされたのである。 後に「ネヘレニア戦争」と呼ばれるこの戦いは、聖地としての正当性を得る為に、ネヘレニア信仰とガヌエンタの痕跡を発掘する事を目的にしたものだったのである。 しかし「ガヌエンタ」が聖地として選ばれた理由は、何もネヘレニアだけが理由ではなかった。いや、ずばり言ってしまえば、ノルドは幾らでも「聖地を選べる」状態だったのではないかと筆者は考える((いや、ゲーム的には選べないんですがねww))。ゴート族のローマ侵入を根拠にすればゲルマン神話の信仰範囲はヴィスワ川から西欧全土に解釈でき、言ってしまえば、その中から「それらしい場所」を選べば良かっただけとも考えられるのだ。つまり、聖地獲得の為にゼーラント侵略が選ばれたのは、軍事的な理由ではないだろうか? スカンジナヴィアにとって重要なのは、中フランクがカロリング朝との、つまり東西フランク王国との同盟関係を喪失していた事だったのではないだろうか? &ref(ルクセンブルク.png); ズビネック王はこの頃、アゼルバイジャンを求めて侵攻するビザンツ帝の援軍要請に応じており、加えて、弟に分割相続されたバイエルンを再併合しようと兵を出している。更に、この戦争の数年前には対立教皇を擁立してカソリック教会の信望を完全に喪失していた(その時には西フランクに倒されている)。繰り返しになるが……攻め込むには絶好の機会であった事が、ゼーラント侵攻の理由だったのではないだろうか。 ともかく、先ずは艦隊から上陸した常備軍4000名、それに陸路で徴集兵6500名が合流し、968年の中頃にはゼーラントからホランド、西フリースランドの占領が完了した様である。そこで漸く中フランクの同盟国、ビザンツ・ボヘミア軍の合計約12000名が到着。ゼーラントへの進路を妨害するスカンジナヴィア軍と、ヴラーディンゲンで全面衝突となる。 &ref(ヴラールディンゲンの戦い.png); &ref(エグモンドの戦い.png); 10500対12000、数ではスカンジナヴィアが不利だったが、練度では圧倒していた。8000人以上を生存させる事に成功し、追撃戦となるエグモンドの戦いでは殆ど損害を受ける事もなく敵軍を蹴散らしている。 ゼーラント割譲を強要可能な所まであと一息、と思われたその時……奇妙な戦いが起こる。 余程の混乱だったのか、状況を推し量る詳しい史料は残っていないが、同盟関係に無い筈の西フランク軍約10000が、ギーグ王本人に率いられて中フランクに加勢したというのである((すいません、実際混乱してて全然スクショ取れてません……;))。この加勢はスカンジナヴィアに対する宣戦布告もなく行われているが、どうもこれは、スウェーデンが東フランクに侵略戦争を仕掛けたのに対して援軍を送る道中、通りすがるついでのつもりで行われた攻撃であった様だ((この辺、敵対関係が少々バグってるみたいで、通常の挙動ではありません))。 ともかく、スカンジナヴィア軍は奇襲を受けながらも何とかスティヒトへ降り、そこで西フランク・ビザンツ・ボヘミア軍の合計約13000と再戦となる。 ヴラーディンゲンの戦い以上の員数差に徐々に圧倒されるスカンジナヴィア軍だったが、一瞬でそれを覆す大戦果を挙げる。 &ref(ギーグ王、戦死.png); トステを中心とした&ruby(ハスカール){重装歩兵};の特選部隊が、ギーグ王の首級を挙げたのである。 &ref(撤退んぐ.png); 王の首を掲げて勝鬨を上げるヴァイキング達の姿に、西フランク軍は完全に戦意を喪失し、おおわらわで撤退を開始する。 残されたビザンツ・ボヘミア軍は員数を3000を割っており、間もなく壊走となった。 10500の軍で、都合20000以上の敵軍を退けたこの奇跡的勝利を、ノルド達が「聖地の加護」と考えた事は自然であっただろう。 &ref(ゼーラント獲得.png); この戦いの後、間もなくズビネック王は割譲を承認。ゼーラントはスカンジナビア領となった。 トーレンの司教は教権の不可侵によって聖堂に残っていたが、カルル帝は帝国領内にカソリック聖堂が残る事を認めず、ノルド神官による接収を決定。十字を手に、飽くまでノルド人に神の慈悲を説こうとする司教を聖堂から引きずり出させ、&ruby(イコン){聖画像};を残らず破壊させたという。 そして彼に代わってトーレンに叙任されたのは、「トーレンのリンダ」で知られる、カルル帝の孫にしてフレイ皇太子の長女であるリンダであった。 &ref(トーレンのリンダ.png); トーレンのリンダ。その熱狂的とも言える信仰心を買われ、ガヌエンタ探索の指揮を任されている。夫はユート氏族のシグルドで、フローニとユートの結び付きの強さが解る。 つまり、帝室からの神官叙任である。如何にスカンジナヴィアがゼーラントを重要視しているか、それをキリスト教国が理解し始めたのはこの時であった。 &ref(Tlinda.png);「幾百年の波に洗われるとも、真に神聖なるものは滅ぶ事がありません」 &ref(Tlinda.png);「エーシルとヴァニルの争いで始まった永き隔絶の時を終わらせ、親子の抱擁する時こそ今。聖地ガヌエンタの甦る時は今」 &ref(Tlinda.png);「女神を、ネヘレニアを、お救い申し上げるのです」 そうして、「発掘」と「略奪」が始まった。大陸にゼーラントという絶好の拠点を得たスカンジナヴィア軍は、「女神の探索」の為に周辺海域に何度も艦隊を出した。それはそのまま略奪者としても編成され、最早自衛の戦力を持たない中フランク北部で存分に猛威を揮ったという。 また、丁度この頃にブリテン島のトティルがサフォークの征服に成功し、先述したスウェーデンによる東フランク攻撃もスウェーデンの圧倒的優勢で進んでいた。キリスト教国各地で、何百人もの無辜のキリスト教徒が奴隷として連れ去られ、ノルドの目に付いた全ての教会は火を放たれたと、キリスト教徒達は無数の恐怖に満ちた記録を残している。 &ref(トティルがんばった.png); &ref(ブリテンノルド.png); 一時はヨルヴィク以外の版図を喪失していたブリテン島のノルドだが、この征服によってヨルヴィク、ケント、サフォークを支配下に置いている。 折りしも時は10世紀の後半、最初の千年紀の終わりが近付いてきた事で、キリスト教徒達の中には黙示録の到来を信じる終末思想が広まり始めた頃でもあった。それを信じる人々は、「地上の千年王国」であるべきフランクを蹂躙するノルド達を「終末の獣」に見立て、信仰の再生を唱える様になっていった。 ノルドは、キリスト教徒にとって「終末」の恐怖の象徴となったのである。それはノルドにとって、古き神々の正統を確信させていく事でもあった。 そして―― **幕間「&ruby(フィルキル){盟主};」 [#f80972f0] 『それ』は、余りにも素朴な聖像だった。 女神の移し身は犬を伴って&ruby(ホフ){聖なる館};の内側に座し、籠に満載されたパンを傍らに彫刻されている。 往時には施されていたであろうあらゆる彩色と装飾は失われ、何世紀もの時を塩水に洗われた事でその造形も鈍い。 だが、これがただの像であれば、こうしてノルドの目を集める事はなかっただろう。 これが単なる略奪物であれば、海底の砂となるまで省みられる事もなかっただろう。 それは紛れも無く聖なるものだった。定命の者には超えられぬ時の隔たりを超えて、それは再び信仰を得ようとしていた。 &ref(Karl.png);「……」 カルルは一歩一歩に引き摺る様な重さを感じながら、女神に近付いて行く。 &ref(Karl.png);「……」 カルルが拝跪する。居並ぶ族長達が、それを凝視する。 &ref(Karl.png);「……」 カルルが、女神に手を伸ばす。触れた。 &ref(Karl.png);「…………!」 雷鳴。寺院の外は晴天であるのに、それは地響きを伴う大音声で轟いた。 しかし、それにどよめく者は誰もいなかった。それは、世界の全ての色彩が反転し、時間が止まっているかの様な瞬間だった。 &ref(Freyja.png);(…………合格よ、カルル) &ruby(フレイヤ){女神};の、声がする。 &ref(Freyja.png);(ノルド達が古き神々を忘れ去って、悲劇の結末を迎える『&ruby(ラグナレク){神々の宿命};』) &ref(Freyja.png);(私は、それを回避する為に何度も歴史の始まりに戻って、何千万回かも解らない『書き直し』を試みたけれど) &ref(Freyja.png);(……ここまで辿り着けたのは、貴方が最初。そしてきっと最後) &ref(Freyja.png);(だから、ご褒美に約束を果たしてあげる) &ref(Freyja.png);(そのまま、目を瞑りなさい。後の事は息子達に任せて、セスルームニルにお上がりなさい。リンダに、逢わせてあげるわ) 女神の言葉を聴きながら、カルルは立ち上がる。その視線の先には一人の少女がいる。 ぞっとする程、美しい少女だ。その瞳は溢れる才気と野心で滾り、既に女帝の傲岸さを備えてさえいた。 &ref(Inga.png);「……」 今や、彼女の美しさこそ、カルルにとっての現実だった。 リンダに焦がれる余りに視るセスルームニルの夢や、こんな幻聴など、何でもなかった。 それは、死後の楽しみで十分だった。 &ref(Karl.png);(悪いな、婆さん。リンダにはもう少し待たせておいてくれ) &ref(Karl.png);(俺にはこっちで済ませなきゃいけない事が、増えちまったんだ) フレイヤの幻影は溜息を一つ残して、それきり消えてしまった。もう現れる事もないだろう。 カルルには、生きる理由ができていたから。 カルルは目を瞠く。両腕を広げる。宣言する。 &ref(Karl.png);「……盟約を果たそう」 &ref(Karl.png);「&ruby(フィルケ){我が民};よ、百年の嘗てに交わされた、フローニの盟約を果たす」 そこで、一人の男が前に出た。 &ref(HraneJ.png);「&ruby(ケーザリ){皇帝};、フローニのカルルよ」 彼の後ろには&ruby(ヨムス・ヴァイキング){ヨームの戦士団};が随っている。戦長にして、嘗てのフローニの宿敵・ローンヴァルドの孫、ホラーネだった。 &ref(HraneJ.png);「……我らは報われた。オーディン、トール、そして&ruby(インリング){我が氏族};の名の下、汝を&ruby(フィルキル){盟主};として迎え、永久の忠誠を誓おう」 インリングが、ヨムス・ヴァイキングが、フローニに膝をつき、頭を垂れる。それは歴史的な瞬間だった。 &ref(HraneJ.png);''「歓呼せよ!!!!」'' '''「&ruby(フィルキル){盟主};……」''' '''「&ruby(フィルキル){盟主};よ……」''' '''「我らが&ruby(フィルキル){盟主};よ!!」''' '''「全てのノルドの&ruby(フィルキル){盟主};よ!」''' ノルド達が歓呼する。 '''「&ruby(フィルキル){盟主};!!」「&ruby(フィルキル){盟主};!!」「&ruby(フィルキル){盟主};!!」「&ruby(フィルキル){盟主};!!」''' スカンディア全てを包む歓声が、ノルドの勝利を、そしてこれからも重ねられるであろう勝利に次ぐ勝利を、祝福していた。 &ref(Karl.png);''「応じよう! 我はフローニのカルル!! &ruby(カルル・ヤルンシーダ){"鉄心の"カルル};である!!」'' &ref(Karl.png);''「スカンディアの王冠を束ねる&ruby(ケーザリ){皇帝};にして、古き神々と汝らの盟約を果たす&ruby(フィルキル){盟主};なり!!!!」'' **&ruby(フィルキレート・ノルド){盟約のノルド}; [#ce3f270c] 969年6月19日。 &ref(よむよむ.png); &ref(革新!.png); &ref(革新んぐ.png); コリンスプラート海岸の海中から発掘されたネヘレニアの聖像が莫大な略奪品と共にホレイドラ寺院まで運ばれた。召喚された神官達とヨムス・ヴァイキングはこの偉業を以てカルル帝を神々と人間の仲介者であり祭祀の主宰者と承認し、初代"&ruby(フィルキル){盟主};"の位階に迎えた。そして各地から集められた伝承の数々を統合し、聖典として編纂する事が決定され、それが「正統」の信仰とされる様になった。 これが、カルル帝最大の偉業として讃えられる''"&ruby(フィルキレート・ノルド){盟約のノルド};"''の始まりである。 これ以降、ノルド世界の階級構造はより封建的に再構成され、先進的なキリスト世界やイスラム世界の文化を積極的に吸収する様になるのである。 &ref(盟主カルル.png); また、この前後に氏族の忠労を讃えて、フィンランド王冠はユート氏族の長・アヌンドルに授与されている((本来は無限に持てる王冠ですが、これ以降は自分の王冠は3つまでに縛ってプレイする……予定だったのですが、2.2環境で封臣数制限と総督任命ができて王冠数にも実質の限界ができた感じですし、あげなきゃ良かった……;))。 |[[AAR/フレイヤの末裔/盟主カルル(完結編)]]に続く。|
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添付ファイル:
Guiges.png
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ギーグ王、戦死.png
690件
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盟主カルル.png
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ブリテンノルド.png
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Inga.png
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Hrodulf.png
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よむよむ.png
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ルテニア.png
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Gyrid.png
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ノルド宗教の状態.png
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Tlinda.png
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ホルムガルドの反乱.png
668件
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Karl.png
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Freyja.png
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トティルがんばった.png
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トーレンのリンダ.png
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エグモンドの戦い.png
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撤退んぐ.png
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Hleidra.png
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革新!.png
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Toste.png
721件
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ヴラールディンゲンの戦い.png
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ホルムガルド.png
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ゼーラント獲得.png
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ルクセンブルク.png
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革新んぐ.png
803件
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HraneJ.png
758件
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ズビネック.png
726件
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フランク.png
701件
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ワデン海.png
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Hrafn.png
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オレグ.png
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