[[AAR/フレイヤの末裔]] [[AAR/フレイヤの末裔/家祖・フレイヤ(後編)]] **幕間「戦死者の館(ヴァルホール)」 [#wad3e371] '''「なんという夢であろうか」 オーディンはそう言った。''' '''「我は日の出前に起き出し、戦い果てた者達を迎えるべく、ヴァルホール(戦死者の館)を清めんとしていたのだ''' '''エインヘリャル(戦士の魂)を甦らせ、長椅子に敷物をかけ、角杯を磨く様に命じ''' '''ヴァルキュリアには、公子の訪れに葡萄酒を用意する様に言ったのだ」''' '''――『散文のエッダ』 第二部 『詩語法』''' ……………………。 僕は父様の島で育った。母様の事は良く知らない。 もっと小さな頃は僕も母様の近くにいたけれど、母様は姉様達ばかり可愛がっていたし、そうでない時は大人達に囲まれて忙しそうにしていたり、 一人の時には急に笑い出したり、叫び出したりして、僕の事を余り構ってくれなかった気がする。 母様は普通の人じゃなかった。沢山の大人達が、「僕は母様に良く似ている」って言ってたから、多分僕も普通じゃないんだろうと思った。 ……………………。 6歳の時に、父様の島に来た。父様は僕の事をとても可愛がってくれて、よく海辺にでかけて、沢山の話をしてくれた。 僕達が住んでる場所が、とても北の世界だという事、だから「ノルド(北の人々)」って呼ばれてるって事。 「ノルド」は強くなくちゃいけないって事、高い志を持たなくちゃいけないって事、戦わなくちゃいけないって事。 今も海の向こうで、沢山の「ノルド」が戦ってるって事。 父様の父様や、兄様達は、西の海を渡った場所にあるブリタニエって島で戦ってる、とても勇敢で、強い戦士なんだって事。 だから僕も、きっと強い「ノルド」になれるって事。 &ref(Anlaufrアイコン.png);「ねえ父様、何で強くなくちゃいけないの?」 &ref(Gudfridアイコン.png);「ん? どういう事だ?」 &ref(Anlaufrアイコン.png);「何で、ノルドは戦わなくちゃいけないの?」 &ref(Gudfridアイコン.png);「変な質問だな…… それはな、臆病者にならない為さ」 &ref(Anlaufrアイコン.png);「臆病なのはいけない事なの?」 &ref(Gudfridアイコン.png);「臆病者は、ヴァルホールに行けないからな。そこで神様に立派な戦士として認められる為に、俺達は戦うんだよ」 &ref(Anlaufrアイコン.png);「ヴァルホール? ってどこにあるの?」 &ref(Gudfridアイコン.png);「とても高くて、遠い場所さ。お前がもう少し大きくなったら勉強する事になるよ」 &ref(Anlaufrアイコン.png);「……僕は父様が、この島にいるのが好きだよ……? ブリタニエや、ヴァルホールに行かないでくれて、嬉しいよ……?」 &ref(Gudfridアイコン.png);「……。アンラウフ……」 父様はその時、とても強く僕を抱きしめた。父様は、何だかとても悲しそうで、僕はやっぱり普通じゃない事を言ったんだと思った。 父様が僕を抱きしめている間、父様の心臓の音や、海鳴りに混じって、沢山の声が聞こえて来た気がした。 海の向こうで戦ってる、沢山の「ノルド」達の声なのかも知れないと思った。それが僕や父様を呼んでる様に聞こえて、怖いと思った。 ……………………。 僕が10歳になったばかりの頃、母様が亡くなった。 僕が「王様」として母様の砦があるホーセンスに行く事になって直ぐに、父様はブリタニエに向かった。 沢山の船と「ノルド」達を連れて、出征の挨拶にオーフスに来た父様は誇らしげだったけれど、やっぱり何だか悲しそうだった。 &ref(Gudfridアイコン.png);「アンラウフ、俺は、俺の兄様を助けに行かなきゃいけない」 &ref(Gudfridアイコン.png);「ノルドは決して家族を見捨てない。そんな事は臆病者のする事だからな」 &ref(Gudfridアイコン.png);「そして、お前は王になった。王にとっては、全てのノルドが家族だ」 &ref(Gudfridアイコン.png);「きっと、家族を、全てのノルドを助けられる王になれ。そうすればきっと、俺達はまた会える」 &ref(Gudfridアイコン.png);「ヴァルホールで、或いはフォルクヴァングで、俺達は、俺の父様や、兄様達と肩を並べるんだ」 そう言って父様が抱きしめてくれた時、また「あの声」が聞こえて来た。やっぱり、この声は父様を呼んでいたんだと思った。 ……………………。 それからは、子供の僕の代わりに王様の仕事をする人や、それを助ける人達、それから先生、沢山の大人達に囲まれる様になった。 その中にはリンダ姉様もいた。お母様に一番良く可愛がられていた人だけれど、昔も、この時も、とても無表情で、何を考えているのか良く解らない。 ただ、偶に僕の方をじっと見てる事があった。だけど、それが本当に「僕」を見ているのかどうかも、僕には良く解らなかった。 &ref(Akeアイコン.png);「やはりフレイヤ様に似てお美しい……。アンラウフ様にも『神の血』が流れているからでありましょうな」 &ref(Akeアイコン.png);「しかし、貴方の統べるべきデーン人は勇猛にして果敢。王は美しいだけでは勤まりませぬ」 &ref(Akeアイコン.png);「アンラウフ様自身が、ノルドの在るべき様を体現して見せねば、彼らはいつでも貴方に弓引く事でしょう」 &ref(Akeアイコン.png);「覚えるべき事は多いですぞ。先ず、貴方が何故『王』であるのか、『王』の使命とはどの様な……」 オーディンや、トール、それに母様と同じ名前の神様の事、彼らが巨人達と戦い続けている事をアーケ先生は教えてくれた。 「ヴァルホール(戦死者の館)」の事、「フォルクヴァング(民の野)」の事、「エインヘリャル(戦士の魂)」の事も。 「ラグナレク(神々の宿命)」の事、「ノルド」は死んでからも戦わなくちゃいけないって事、何度も何度も戦わなくちゃいけないって事も。 戦いは終わらないという事を、教えてくれた。 ……………………。 &ref(Klasアイコン.png);「陛下、デンマークからも兵を出しましょう。父君が南方諸島王国の支援を行う以上、我々が大人しくしては面子が立ちませぬ」 &ref(Klasアイコン.png);「また、海を挟んで斯くも遠方であるブリタニエでの戦況を仔細に知る為には、参戦が最良であります」 &ref(Klasアイコン.png);「何よりも、陛下はまだお若く、侮る者も少なくありませぬ。陛下の名で兵を出し、勝利を得るのです」 &ref(Klasアイコン.png);「アンラウフ陛下の威光が、戦女神・フレイヤ様と同様に勝利を齎すものである事。それを証明いたしましょう」 クラスは僕の代わりに王様の仕事をする人で、この国の「戦士」達の中で一番偉い人で、いつだって戦争の話ばかりしてる。 僕はまだ子供だけれど、いつかはクラスのしている事は僕がしなくちゃならない。だから、僕は勉強をさせられてる。 だけど、解らない。全然解らない。何で、父様も、アーケ先生も、クラスも、そんなに戦いたがっているんだろう。 何で、この恐ろしい呼び声についていけるんだろう。 何で…… やりたい奴だけでやって、死にたい奴だけで殺しあってくれないんだろう……。 …………………………………………。 *アンラウフ王(前編)3.23.892~ [#z7d1d080] デンマーク王号創立から僅か2年で崩御したフレイヤには二人の息子がおり、継承の際にフレイヤの直轄領はこの二人の間で分割されている。 一人は当時10歳で王号を継承したアンラウフ王、もう一人は2歳の弟・アルンビョルンである。 &ref(Anlaufr.png); &ref(Arnbjorn.png); フレイヤはアンラウフが生まれた当時、リンダとギュラの養育と王務に忙しく、父・グドフリドに預け、シェラン島で育てさせた。 アンラウフは母から王位と美貌、そして気紛れさを受け継いでおり、よくフレイヤに似ていると言われていたようであるが、王務と戦に忙しいフレイヤの傍を離れて平和なシェランで育った為か、ノルドらしからぬ臆病さを抱え、王として「強いノルド」である事を要求される事に苦悩していた様である。 若干10歳、成人までの6年間は本来ならばグドフリドが摂政を務める所であったろうが、フレイヤ崩御の際にグドフリドはシェラン王として独立。 リューリクの宮廷からスラヴ人の後妻を娶り、フレイヤが行う事のなかった大異教軍の援護、つまりブリテン島への出征に向う事を決めていた。 代わって摂政に就いたのは元帥・クラスである。 #ref(Klas.png) バグセク亡き後にフレイヤの元帥を務め、フレイヤ亡き後にはアンラウフの元帥としても貢献した武人である。 とかく短気で強欲、戦争と戦果の事しか頭にない様な典型的ヴァイキングであり、バルト南岸侵攻で上げた成果の多大さから摂政の座を勝ち取った。 フレイヤの熱狂的な信奉者でもあり、彼女を本当に「女神フレイヤ」であると考え、自らの武力はその加護あっての事と信じていたという。 上述の通り極端な武断派であり、分割継承によってただでさえ減っていた王の直轄地に文治派の家臣達を封じ、自らは絶え間なく続く戦いで消耗される兵力の回復に尽力した。 アンラウフ王の治世について語る前に、本稿では主にクラスの指示によって行われた「イーストアングリア奪還戦」について記述する。 **イーストアングリア奪還戦 [#ac2fa3c4] さて、この頃のヴァイキング世界であるが、東方でデュレとリューリクが順調に版図を拡大していたのに反し、西方のブリテン島で戦うイヴァル・ハルフダンという兄弟王を失った大異教軍は、アングロ=サクソン相手に敗色濃厚であった。 ハルフダンの孫娘・アルフリドのヨルヴィク軍はイングランドに獲得した領地を全てマーシア王国に奪い返され、イヴァルの長男・シグトリュグの南方諸島王国軍は聖戦の名の下に行われたマーシア王・ノーサンバーランド王・ケント王・アルスター伯による同時攻撃で苦境に立たされている(元々は順調であったブリテン島侵略が勢いを失ったのには、"骨なし"イヴァルの生前から、フレイヤとの敵対と援護で兵力が消耗されていた為でもあったろう)。 イヴァルの率いる大異教軍が占領したヘブリデーズ諸島(マン島もこれに加える場合がある)で成立したヴァイキングの小王国が、ブリテン島の北西に位置するにも関わらずなぜ「南方諸島王国」と呼ばれているのかというと、ヴァイキング達がこの時ノルウェー領であるオークノー(オークニー)及びヒャルトラント(シェットランド)を「北方諸島王国」と呼んでいた事による。 &ref(南北諸島王国.png); 赤線で囲んであるのが「南方諸島王国」、黄緑線で囲んであるのが「北方諸島王国」の位置。飽くまでヴァイキング基準の呼称である。 ともかく、「聖戦」である。 そう、キリスト教徒はついにヴァイキングを神敵と看做し、蹂躙と略奪を放縦にする蛮族達に戦いを挑んだのである。 アンラウフの父・グドフリドはシグトリュグの弟であり、独立後に直ぐさま自ら援軍を率いてブリテン島に上陸。元帥摂政・クラスは、「王の父が出るならば、デンマークもこれを支援せねばアンラウフの沽券に関わる」と考え、アンラウフの名の下に、事前情報では比較的戦局の有利なイーストアングリア防衛戦への参戦を表明。それが達成され次第他の戦場へ合流し、戦局の逆転、或いは南方諸島王国軍の建て直しの為の時間を稼ぐ作戦であった。 これが成功すれば大異教軍は息を吹き返してブリテン島をノルド圏化し、デンマークは彼らに大きな恩が売れる。当初の狙いはその様なものだった。 &ref(Gudfrid.png); &ref(Sigtrygg.png); しかし、参戦によって、戦場の詳細が知れると共に、『聖戦』が如何に絶望的な戦いを意味するのかを痛感する事になる。 #ref(スコットランド聖戦.png) 戦局は既に決していた。南方諸島王国軍は最早僅かな残党が散らばるのみ。 対してキリスト教国軍は、複数国の軍がその場限りの協調で戦っているとは思えない程の連帯と統率で大軍団を為し、「神命」を遂行していた。 初めに報告が上げられた時、クラスは、何かの間違いか、シグトリュグ一流の冗談かとさえ考えようとしたという。 しかし、続けて次々に、ヴァイキング領土の占領が報告されて来る。建て直しも逆転も、考えるだけ馬鹿馬鹿しい程の完敗が現実であった。 「甘く見ていた」 全てのデーン人は「宗教による統制」という「軍事技術」に戦慄した。 かと言って、デーン人は「ノルド」である。彼らの信仰は、何の戦果もなく戦争を終わらせてはくれない。 既に参戦を表明している以上、少なくとも、イーストアングリアの防衛は達成せねばならない。 予想外の大軍であったからと言って、敵を前に尻尾を巻いて逃げ出すのは、「ノルド」としての矜持を自ら捨て去るも同然なのだから。 少なくとも、事前に戦局の有利とされる戦線を選んだ事は彼らにとって幸いであった。 イーストアングリア攻略に兵を出しているケント王国は、マーシアやノーサンバーランドに較べれば国力も小さい。 デンマーク軍は全兵力をケント王国本土に上陸させ、イーストアングリアを包囲するケント王国軍が到着するまでに戦闘態勢を整える方針を固めた。 #ref(vsケント王国軍.png) 兵力は互角。態勢は十分。練度ではヴァイキング達が上回った。 初戦で統制の乱れたケント王国軍をデンマーク軍は執拗に追撃し、他のキリスト教徒達に見せ付ける様に、最後の一兵まで殺しつくしたという。 そして占領されたイーストアングリアを解放するべく包囲を展開して2ヵ月、898年4月頃に、ビョルンの曾孫・シグルドが成人。 フレイヤの申し出により婚約していたアンラウフの姉・ギュラとの正式な「母系結婚」が成立する。 &ref(苦渋の結婚.png); このままいけば、2世代後のスヴィドヨッド王位はフローニ朝に譲られる事となる。 しかし、ビョルンの孫にして現スヴィドヨッド王であるビョルン2世には、この、祖父が勝手に決めてしまった婚約を、破棄できない理由があった。 &ref(Hrane.png); &ref(Ahma.png); スヴィドヨッドは、西ゴートラント王国の"老王"ホラーネと、カーキサルミ大族長・"賢明なる"アーマの攻撃を受けていたのである。 &ref(Svidjodの状況1.png); &ref(Svidjodの状況2.png); フィンランド方面はまだ無事だが、かなりの国土が占領されているのが解る。 "鉄人"ビョルン王の死により、スヴィドヨッド王位はビョルン王の長子直系の孫・ビョルン2世に継承されていたが、ビョルン王の直轄領はシグルドの兄弟間で分割されており、彼らはビョルン王の予言通りに王位を争っていた。この内乱の原因は、兄弟の権力欲だけではなく、先述の通りにフローニに移ろうとしているスヴィドヨッド王位をムンソ家に保つ為に行われたものでもあったが、結局、内乱を制したのはビョルン2世であった。 そして、ホラーネの攻撃は、ムンソの兄弟間戦争が終結した時点を見計らっての事である。ホラーネからすれば、スヴィドヨッドの再統一を待ってから侵攻すれば、スヴィドヨッド全てを一挙に服属させられ、しかもスヴィドヨッドの兵力が消耗し切っている時に叩けるのだ。この上なく「おいしい」タイミングを待ってからの周到な攻撃だった。アーマはその尻馬に乗ってフィンランドで孤立しているスヴィドヨッド領を掠め取るのを狙う。この二軍を相手取る戦力は、今のスヴィドヨッドにはなかった。 辛うじて残っていた兵力も西ゴートラント軍に成す術なく蹴散らされ、領土は次々と占領され、最早服属を待つのみか、という状況に、シグルドの成人が間に合ったのである。 狡猾なホラーネも、まさかムンソの誇りよりも、デンマークとの同盟をビョルン2世が選ぶとまでは思っていなかったであろう。これはビョルン2世渾身の奇策であり、祈る様な賭けであった。今、ブリテン島に兵を出しているデンマーク軍が、同盟したとしても直ぐに戦力を割いてくれるかは解らないのだから。 ビョルン2世はこの婚姻を認めた時、祖父・ビョルン王と自分を嘲って、堪える事もせずに狂笑を響き渡らせるフレイヤ女王の幻を視たという。 この状況を良しと見たのは亡き女王の幻だけではない。元帥摂政・クラスもまた笑っていた。 イーストアングリア奪還後に、ブリテン島から兵を引く為の確かな口実が得られたのだ。 南方諸島王国に敵意を向ける他のキリスト教国は停戦期間にあり、当分の間は増援もないだろう。それが終われば大異教軍はキリスト教国に復讐の限りを尽くされるであろうが、デンマークが兵を引くのを引き止めれば、それはデンマークに「王父の家族」と「王姉の家族」を天秤にかけさせる事を意味する。そして「王父の家族」には既に手を貸し、少なからぬ戦果を上げた以上、次は「王姉の家族」を助ける番だ、というのは至極真っ当な流れである。 しかも、如何にホラーネが狡猾といえど、デンマーク軍が目の当たりにしたキリスト教国連合軍の強大さに較べれば、その兵力は貧弱と言ってしまえる規模である。 そうしない手はない。クラスはシグトリュグに「イーストアングリア解放は王軍自らの手で行われるべし」の書簡を持たせて特使を送り、兵をスカンジナヴィアに「避難」させたのである。 そして、デンマーク軍がスカンジナヴィアに到着し、対西ゴートランドの態勢が整った頃―― *898年9月26日 アンラウフ王、成人。 [#sb1a7c4c] &ref(Anlaufr2.png); この臆病な王の生涯は、その気質に反して戦一色に染められる事となる。 [[AAR/フレイヤの末裔/アンラウフ王(中編)]] に続く……予定です; |[[AAR/フレイヤの末裔/アンラウフ王(中編)]] に続く。| TIME:"2014-07-05 (土) 06:41:47"