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オートヴィル家 1204年

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アルビニア・ドートヴィル

ロジェ・ドートヴィル

 

はじめに

今回はオートヴィル家です。

歴史地図帳で中世イタリアの南部あたりに「ノルマン公領」とか 漠然と書かれているアレです。

ビザンツ、アラブ、ノルマンの文化が混じり合う多民族国家として栄えた オートヴィル朝シチリア王国ですが、王朝は12世紀末に崩壊してしまいます。

今回のプレイでは、ホーエンシュタウフェン家に王国を乗っ取られて以降、 歴史の闇に消えてしまった感のある13世紀オートヴィル家を選択します。 きっかけは、適当な時代の適当な場所をクリックしていたら美人が出てきたからです。

 

アルビニア・ドートヴィルについて http://en.wikipedia.org/wiki/Walter_III_of_Brienne

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「(ゴーティエ3世ブリエンヌは)シチリア王タンクレードの娘、 シチリア王ギヨーム3世の妹であるマリアと1200年に結婚した。 彼女の正確な名前は不明である。マリア、エルヴィラ、アルビリア、 アルビニア、ブランシュなどと様々に伝えられている。 彼女は1216年に死んだ。結婚した時、彼女とその家族はフランスに亡命していた。 (ホーエンシュタウフェン家の)フリードリヒ幼王に対する シチリア王位の請求をするために同盟者を探していたのである。

(アルビニアの)夫として、ゴーティエは教皇インノケンティウス3世から タラント公、アプリア公、レッチェ伯としての承認を受けた。 1201年のアグネッラの戦いの後、ゴーティエはシチリア王位を要求した。(中略) 1205年6月14日、彼はドイツ軍に捕らえられ死んだ。(後略)」

 

などと、主人公の名前すら明らかではないという始末。 CK2ではレッチェ伯として存在しているアルビニアですが、 史実ではフランスに亡命し、夫が代わりにイタリア遠征をしていたようです。

ちなみにこのアルビニアの夫君ゴーティエ3世ブリエンヌは のちのイェルサレム王ならびにラテン帝国皇帝ジャン・ド・ブリエンヌの兄です。 どうやらアルビニアは本気でシチリア王冠奪還に賭けていたのでは? と思わせる縁組です。

なおアルビニアの娘アナイスはフリードリヒ2世の愛妾であり、 後にシドンの領主バリアン1世グレニエと婚約しました。 (『キングダム・オブ・ヘヴン』のバリアン・ド・イベリンの孫) また息子のゴーティエ4世ブリエンヌは聖地に渡り、ヤッファ伯となっています。

オートヴィルの血筋を愛妾にした件や、反乱者への過酷な処罰などで、 「王座における最初の近代人」だと思っていたフリードリヒ2世の 何ともいえない一面を見た気がします。

 

参考 オートヴィル家についてはこの本がわかりやすくてよいです。 十字軍に行ったアンティオキア公ボエモン1世についての記述もあります。

山辺規子『ノルマン騎士の地中海興亡史』白水uブックス

 

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