AAR/フレイヤの末裔 AAR/フレイヤの末裔/アンラウフ王(前編)
その海岸は荒れ狂う海洋の波浪に洗われ その末端は(スウェーデンと)同じくリフェ山地となり そこで地球は力尽きて終わる
――『ハンブルク教会史』第四部『北欧諸島誌』
クラスは務めていつも通りに、威勢良く述べる。
「我がデンマーク軍はケント王国を中心としたイーストアングリアへの侵略軍を見事に蹴散らし、南方諸島王国への奪還を果たしました」
「アングル人どもはノルド人の恐ろしさに震え上がっておるとの事です、当分は大人しくする事でしょう」
「南方諸島王国が版図を失したはこの戦が不意打ち同然に行われたが為であります」
「シグトリュグ陛下にあっては、この間に兵力の回復を図り、次の戦には万全の態勢を以て、独力にて版図奪還を果たすとの伝を受けて御座います」
「然らば、これ以上の助勢は却って彼らの誇りを侮る様なものに御座います」
アンラウフは肥えた身体を玉座に預け、白い頬の肉を皮肉げに歪めながら、火の間に集う家臣達を睥睨する。 面々には、クラスの語る「戦勝」の喜びには程遠い、歯痒さと焦燥が明らかだ。 アンラウフの成人祝いを兼ねた凱旋式はクラスの指示で殊更派手に行われたが、この消沈を払拭する程の効果は上げられていない。
「は……陛下も御存知の通り、スヴィドヨッドは現在、西ゴートとそれに呼応したフィン人との挟撃を受けております」
「シグルド陛下は堂々これを迎え撃たれましたが、御兄弟との争いを収められて間もなく、この卑劣な侵略者に苦戦を強いられておられるとの事」
「御心を痛まれたギュラ様は我が軍に援護を求められて御座います」
「シグルド陛下がギュラ様の御伴侶となられた以上、ムンソはフローニの家族同然。これに応じぬは義に悖りましょう」
「召還した我が軍はこれに応じ、スヴィドヨッドの救援に向わせたく存じます」
スヴィドヨッドの内乱は、一旦シグルドの勝利によって収められたものの、シグルドは兄弟達の命と領土を安堵しており、この侵略を防いだとしても、スヴィドヨッドの安定にはまだまだ時間が掛かるだろう。事によっては西ゴートにスヴィドヨッドを服属させ、後に"老王"ホラーネの子との婚姻を調えた方が同盟相手としては有益とも思われた。 それでもクラスがこの戦に兵を出したがっているのは、つまり、キリスト教徒の大軍団によって低下した士気を取り戻す狙いがあっての事。家族云々は方便だ、アンラウフにもそれは解っている。
しかし、アンラウフは暗澹とした心地で、4年前の夜の事を思い出していた――
* * * * *
――風が強く、苦しい夜。アンラウフを砦の軋みを聞きながら震えていた。 それは父の戦死の報がデンマークに届いた夜の事だった。
「1月4日、シェラン王・グドフリド陛下は、ローシアン奪還戦の最中、マーシア王国を中心としたキリスト教連合軍に勇敢に立ち向かわれ!」
「片手にサクス、片手にハチェットを握り、ベルセルクの如く猛って、多くの敵を血祭りに上げられました!!」
「しかし、敵兵力はシェラン軍の10倍を越え、その量を以て陛下の軍を圧し包み……! 日の暮れる頃、誇り高く、ヴァルホールに召されたのです!!」
南方諸島王国の遣いの報告を思い出しながら、アンラウフの胸は押し潰されそうになっていた。 胸の中にあったのは悲しみでも悔しさでもなかった。戦への恐怖と、何よりも「やっぱり」という理解だった。
父がオーフスに来た時、父はブリタニエではなく、ヴァルホールに行くつもりだった気がした。 父はシェランで平和な日々を過ごしながら、戦士として、兄達への劣等感と申し訳なさを募らせていた気がした。 「あの声」は、海の向こうの戦場だけじゃなくて――ヴァルホールへと、フォルクヴァングへと、父と、自分を――
寝室に、夜闇から溶け出す様にして現れた無音の侵入者に、アンラウフは驚愕した。良く見ればそれはリューリクの息子・アーケに嫁いだ姉の姿だ。
再会を喜ぶ前に、訝しむのは当然だった。こんな強風の深夜に、遠くホルムガルドからユランまで、一体なぜ来ているのか。父の戦死を悼みに来たにしても、状況がおかしい。 しかし、彼女が現れるのが「こんな嵐の深夜」である事には一種の説得力があった。 闇と荒天は隠密の友……そう、女王の長女である彼女が、成人してから輿入れまでの間、この国の密偵頭を務めていたのを、重臣達とアンラウフだけは知っているのだ。 彼女はフレイヤの懐刀として陰謀と暗殺をこなし、暴き、退けて来た天才的な隠密であり、この国と、そして当然、このホーセンス城砦の裏と表を知り尽くしている。 リンダとは「滑らかで柔かなもの」「シナの枝」、そして「蛇」を意味する。どんな砦も、「蛇」の侵入を妨げる事はできない。アンラウフにはそれも解っていた。
交わす挨拶も説明もなく発せられた、内心を見透かす一言に、アンラウフは姉の眼を見た。 そこには、ありありと失望の色が見て取れた。リンダから見えた初めての感情が、それだった。 すると、リンダの影が揺れた――
「…………アンラウフ、貴方は失格です。『フレイヤの末裔』は貴方から始まるべきではない」
アンラウフは寝台に押し倒され、その口を右掌で塞がれていた。リンダの左手にはいつの間にか短刀が握られている。目的は明らかだった。
「貴方の様な臆病者を送られては母様も迷惑でしょう。丸腰のまま死になさい」
アンラウフが死の恐怖に眼を瞑った時、耳を劈く轟音と共に、雷光が閃いた。 それに目測を狂わされたか、リンダの短刀はアンラウフの耳を掠めて枕に刺さる。
アンラウフは反射的に口を塞ぐリンダの手に噛み付き、力の緩んだ隙に寝台の脇に逃れた。サクスがある、手に取る。鞘を払う。 恐怖に震えている筈なのに、驚く程滑らかに無骨な白刃が露になった。構える。リンダと眼が合う――表情が消え、短刀を構えていた。 自分の表情も消えている事が、アンラウフには解った。
「次の審査対象です。相応しくなければ殺し、『我々』の未来はリューリクの継嗣に委ねます」
それは恐らく、アンラウフが人生で初めて発する怒声だった。
「強くて、勇敢で、戦いと争いと戦争が大好きで!? 何でそんな事に皆夢中なんだ!!!!」
「父様だって往ってしまったんだぞ! 在るかどうかも解らないヴァルホールなんかに!!」
「そんなに、そんなに戦ってばかりいたいんだったら、どこか遠くでやれ!!」
「僕の知らない所で! 僕を巻き込まずに!! 勝手に戦って勝手に死ね!!!!」
雷鳴。屋外の大気はアンラウフの怒気に応えて今や暴風となって猛り、堰を切った様に大雨が降り出していた。
お互いに刃を突きつけ合い、姉弟は対峙している。アンラウフの手は震えていた。
父の言葉が虚しく反芻される。余りに複雑な怒りがアンラウフの中で噴きあがって、恐怖にとって代わって、全身を戦かせていた。 ――すると、リンダが短刀を下ろす。
「トールに免じて許します。ただし、フレイヤの名に恥じぬ様に、生きなさい」
「そう思いたければ、そう思えばいい……しかし『我々』は――」
リンダがそこまで言った時、アンラウフの怒声を聞き付けた家臣が漸く駆け付けて、扉の外から大声で呼び掛けた。 アンラウフがそれに応じるべきか逡巡し、扉からリンダに視線を戻した時、リンダの姿は既に消えていた。
「……エーシルだろうと、ヴァニルだろうと、イエスだろうと……僕を争わせる者は、僕の神じゃない」
もう一度だけ雷鳴が轟いた。その夜、雷が鳴る事はもう無かった。
* * * * *
あの夜以来、リンダはアンラウフの前に姿を現していない。しかし、あれは紛れも無く脅迫だった。
(『フレイヤの末裔』に相応しくなければ、僕に生きる資格はない)
どんなに暗い夜でも、どんなに激しい嵐でも、どれだけ離れていても……彼女の眼鏡に適わなければ、リンダはきっと自分を殺しに来る。
嘗ては母・フレイヤの写し身とも呼ばれて美を讃えられたアンラウフだが、その恐怖から逃れる為に酒に酔う事を覚え、たっぷりと肥えていった。 それはノルド戦士としては恥ずべき容姿、ありえない体型だ。実際、アンラウフ本人の武力は高くない。 しかしそんな事は、この場で「家族」という言葉の使い方があっちからこっちへとその場の都合で好き勝手に解釈されているのと同じ事だとアンラウフは考えていた。 この体型が「家畜の様な愚鈍の顕れ」とされるか、「デンマークの豊かさの象徴」とされるか、それは自分が上手くやるかどうか次第。
人間は信じたいものばかりを信じるという事をアンラウフは知っていた。 ノルド人がヴァルホールを信じる様に、キリスト教徒が最後の審判を信じる様に。 「信じたい」と思わせられるものを、演じれば良いのだ。
「良かろう、ノルドは決して家族を見捨てん。兵をスヴィドヨッドに向わせよ」
キリスト教徒に較べれば取るに足らない相手だ、デンマーク軍は大した被害も受けずに勝利するだろう。 しかし、そう、問題はキリスト教徒だ。デンマークは直ぐ南に東フランクと隣接し、ブレーメンとハンブルクを呑まれている。 キリスト教徒達の関心は今でこそブリタニエとイスラム教国に向いているが、その都合が付けばいつ北上して来るとも知れない。 奴らが「ヴァイキングに勝てる」という確信を得る前に、デンマークは強くなる必要がある。
自分が『フレイヤの末裔(フローニ)』である証明の為に。フレイヤの創った「デンマーク」という国が、「フレイヤの国」であり続ける為に。 そして何よりも、このユランを戦場としない為に、キリスト教徒に先手を打てる力が必要だった。
(そんなに戦いたいなら、戦場は幾らでも僕が与えてやる。お前達は僕の名の下で戦えば良い)
(でも……父の様に死ぬのも、姉様に殺されるのも、僕は御免だ)
(だから、戦場は常に僕のいない場所だ! ユラン以外のどこかだ!)
取るべき次の一手は既にアンラウフの胸中にあった。それは臆病なアンラウフらしからぬ、最も伝統的なノルドの掟の一つだ。
弱きノルドは強きノルドに服するが定め。
アンラウフは、今スカンディアで最も強力な氏族に狙いを定める。 それは嘗てスヴェア人に「フロージの平和」を齎した、もう一つの「エーシルとヴァニルの子ら」。 「地球の力尽きて終わる場所」を統べる大氏族。
ノルウェー王族・『フレイの末裔(インリング)』
アンラウフは内心で冷笑した。自分の背後で、母が同じ様に笑っている気がした。
成人したアンラウフの覇業について始める前に、南方諸島王国を標的に行われた一連の聖戦に参加した、もう一つのノルド国家とその王家について紹介しておこう。 それはデンマークの直北、スカンジナヴィア最厳寒の地を支配する大氏族の版図……つまり、インリング朝のノルウェー王国である。
インリングはその出自を神話時代に遡ると言われるノルド随一の名家である。嘗てスウェーデン一帯を支配し、そこに「フロージの平和」と呼ばれる黄金時代を築いたという伝説を持つ。 「フロージ」……これはインリング最初の王の名であるが、それが、恐らくは「フレイヤの末裔」を意味する、「フローニ」と近しい響きを持つ事は偶然ではない。それについては、時代は降って13世紀頃の資料となるが、スノッリ・ストゥルルソンの著した「インリング家のサガ」から引用したい。
ニョルドの治世が終わると、フレイが王国を支配し、スヴェア人の家令に執り仕切らせ、税を納めさせた。彼は彼の父の如く、多くの理由で慕われた。 彼はウプサラに立派な寺院を建て、玉座をそこに置き、全ての税と、領地と、供物を献じた。そうして、今もそうである様に、ウプサラからの支配が始まった。スヴェア人は他の神々よりもフレイを崇拝し、フレイの臣民は平和と多くの恩恵を享受し、より豊かになった。全ての領地が「フロージの平和」と呼ばれる、良き時代を過ごした。 彼の妻はギュミスの娘・ゲルド、息子はフョルネの名で知られる。フレイはまたの名をイングヴェイ。その誉れと共に継嗣達に敬われるその名が、彼の末裔が名乗る「イングリンゲル」の由来である。
女神・フレイヤの双子とされる豊穣の美男神・フレイはその本名を「イングヴェイ・フレイ・イン・フロージ(豊穣の王・イングヴェイ)」という。「インリング」とは「フレイの末裔」を意味する家名なのである(この事をしてフレイヤ女王の真の出自をインリングに求める説もあるが、仮説の域を出ておらず、本稿ではそれを支持も批判もしない)。
神話の真偽はともかくとして、フレイヤが歴史に現れた9世紀後半、インリングの当主は「美髪王」で知られるハラルド王で、その版図はノルウェー南東部のオストランド小王国であった。
この王は武勇と才気に優れた野心家であり、886年頃にノルウェーの統一を果たしている。
この統一事業にはロマンティックな伝説が残っている……ノルウェー南東部はホルダランドの大族長・エイリークの娘・ギュダに恋したハラルドだったが、ギュダは「一国の王とでなければ結婚できない」と言ったという。彼はそれに「ノルウェー統一を果たすまで髪を切らず、洗う事もしない」と誓い、実際にノルウェー統一を果たした。そしてプロポーズの為に身を清めた時、その血糊とフケに塗れた蓬髪は流れる様な美しい金髪に変わり、彼は「美髪王」と呼ばれる様になったのだという。 しかし、ホルダランドのエイリークに娘がいたという記録も、ハラルドがギュダという妻を娶ったという記録も見付かっておらず、更にはどうやら867年時点で既に「美髪王」の仇名で知られていたという文書が残っており、この魅力的な物語は残念ながら後世の(もしかすればスノッリの)創作である様だ。
このハラルド美髪王の三男・バッゲは私生児であった為に領地を与えられず、シグトリュグの長女・テュラと結婚し、南方諸島王国で元帥を務めていた。その為にハラルド美髪王も対キリスト教徒軍の戦いに参加し、893年頃に戦死している(43歳)。そしてこの事が、インリング家の壮絶な争いの種になった。
この資料は901年頃のものだが、ハラルド王の死後8年で3度の王位交代が起こっているのが解る。下から順を追って何者か説明していくと…… ・ハラルドの次男・グンナール王。父と並ぶ武勇と才覚で知られたが、下記のローンヒルドの指示で暗殺死。 ・ハラルドの長女・ローンヒルド女王。暗殺で王位を得るも、その2年後に結核死。王朝交代を画策した為に呪殺されたとも言われている。 ・ローンヒルドの長女・ミラ女王。僅か1歳で戴冠するも、下記のローンヴァルドの息子・カルルの指示で暗殺死。父がロムヴァ信仰であった事も原因と思われる。 ・ハラルドの従弟・ローンヴァルド。残酷で短気、かつ自分勝手で知られ、ミラ女王暗殺の真の黒幕を彼とする説も根強い。
スヴィドヨッド王位を争うムンソ兄弟の様に内乱にこそなっていないものの、ノルウェー王国が常に不安定な状態であったのは想像に難くない。 そしてその隙を、アンラウフ王に突かれる事となる。
アンラウフが成人して最初に行ったのは、ブリテン島から引き上げた兵をスヴィドヨッドに送らせる事であった。 しかし、これと平行して、リューリクの孫・マエル姫(当時15歳)との婚約と、弟・アルンビョルン(当時8歳)の暗殺の計画も進めていた。
リューリクの孫・マエル姫。リューリクの長男・ヘルギの長女である。
未だ野心溢れ、版図を拡げ続けるリューリクであったが、既に68歳と、かなりの老齢でもあった。アンラウフの姉・リンダはリューリクの次男・アーケの下に嫁いでいるが、リューリクには息子が五人おり、リューリクの死後には王位を巡ってスヴィドヨッドで起こった様な内乱が発生し、同盟関係が破綻する事も考えられた。 仮に内乱があるとしても最初に王位を継承するのは長男・ヘルギであるし、この婚約はその時の為の保険という意味合いが強かっただろう。
マエル姫は生まれ付き脚に見て解る異常(内反足)があり、他に結婚相手を探すのも難しかったであろう事から、ヘルギはこの申し出を快諾している。 最も、二人の結婚生活の初めは余り幸福なものではなかった様だ。嫉妬深く、思った事を素直に口に出すマエルに、内向的なアンラウフはついていけないものを感じていた様で、彼女が「アンラウフが自分を避けるのは同性愛者だからに違いない!」と言い出した時には彼女を宿老(ドローセッティ。家令や下僕の統率責任者)に任命する事で機嫌を取っている。 アンラウフの同性愛者説については、彼が没するまでに彼女との間に7人もの子供を作っている事と、特に同性の恋人がいたという記録も見付かっていない事から、マエルの被害妄想による空説であるとするのが定説だ(個人的には非常に残念である)。
アルンビョルン暗殺は何度も露呈と失敗繰り返した様だが、901年9月10日に結実する(記録上はアルンビョルンが野遊びに出ていた時に、狩人によって誤射されたと記録されているが、状況からみてほぼ暗殺で間違いないだろう)。 894年に父・グドフリドは戦死しており、シェラン・フュン両島はデンマークの版図に戻っていた。アルンビョルンの死によって分割されていた版図もアンラウフの直轄地となり、アンラウフはフレイヤ女王のほぼ同じ領土を直轄支配する事となる。
スヴィドヨッド救済は、上陸したデンマーク軍が占領軍をあっさりと蹴散らした事で西ゴートランドとは白紙停戦が行われ、900年の秋頃に行われた「カステルホルムの戦い」でカーキサルミ軍もほぼ壊滅した事から決着しつつあった。デンマーク軍は敵本国への反撃には参加せず、本国に戻って徴集兵を解散、常駐軍の増員と回復が図られた。同時期にラトガル人に侵略を仕掛けたリューリク王からも参戦の要請があった様であるが、万一ホルムガルド軍が苦戦した際に兵を出す約束に留め、最後まで静観している。
この頃、ノルウェーはミラ女王が即位したばかりであり、摂政がついているとはいえ、幼い異教徒の子による統治に安定など望むべくもなかった。 彼女の治世が長くは続かない事を見越したアンラウフは、数年内に起こるであろうノルウェー王位交代による混乱に乗じる為、余裕を蓄えたのだ。 そして、その時は思ったよりも早く訪れた。上記の資料の通り、901年6月にミラ女王は暗殺され、ローンヴァルドがノルウェーをインリング朝に取り戻したのである。
宣戦布告が行われたのは902年の2~3月頃、偵察に出した船が、ノルウェー軍の艦隊がヴァイキング(略奪行)に出たのを見送ってから1ヵ月程経っての事だったという。
「『フレイの末裔』を騙る者、家族殺しの親、愚かなるローンヴァルドよ、これは正式な宣戦布告である」
「我らフローニは汝らに、我らと同じエーシルとヴァニルの高潔が宿っておる事を期待し、その顕れを待った」
「しかし、ハラルド王の死の後に続いた醜き争いはどうか。敵に斧を揮うでなく、家族に毒を盛るのが汝らの戦いか」
「『フロージの平和』を汝らに求める臣民が憐れである。我が氏族に服し、悔い改めるならばよし」
「さもなくば、我が軍はヒルディスヴィニの如き突撃を以て汝らをノルウェーより駆逐しよう」
「狂女の子、ユランの豚、蒙昧なるアンラウフよ、我々は逃げも隠れもするまい!」
「弟殺しめがいけしゃあしゃあと我が子を詰るか! 汝らこそが女神の名を僭上する痴れ者よ!!」
「インリングの名はウプサラに遡る! 一夜の魔術で玉座を簒奪せし売女の息子よ!!」
「勝利の剣の輝きを恐れぬならば、掛かって来るが良い!!!!」
万全を期してラップ人傭兵を雇ったデンマーク軍は総勢約3800人。カーキサルミ戦に勝利したスヴィドヨッド、そしてホルムガルドの援護も要請した。 一方のローンヴァルドは三男・トールフィンの妻・リキッサを頼り、西ゴートランドに援軍を要請したが、その数は1300程度。 最初の戦いは、西ゴートランド軍の兵がダーラボーに集結した直後、編成が整うまでにそれをデンマーク軍が襲撃する形で行われた。
戦闘態勢の整う前に攻撃された西ゴートランド軍はデンマーク軍に殆ど反撃する事もできず壊乱状態となった。 デンマーク軍はその後、ノルウェー玉座のあるベルゲンフス城砦を目指してヨトゥンヘイム山地を南回りに進軍。おっとり刀で到着したノルウェー軍と会戦となる。
兵力では圧倒するデンマークであったが、この戦争でデンマークを脅かしたのはその地形である。 この山地はその名の通り「巨人の住処(ヨトゥンヘイム)」に例えられる険しく切り立った巉巌であり、侵攻を妨げ続けた。 平野での訓練に慣れたデンマーク軍からは1000人規模の死者・脱落者が出た様である。 とはいえ、次々上陸してくるノルウェー軍を数に任せて撃滅し、903年8月頃、ついにデンマークはホルダランドに到着。ベルゲンフス城砦を包囲する。
この頃に、ラトガルとの戦いに勝利したホルムガルド軍の大軍団がスカンジナヴィアに到着。5000人近いその数にノルウェー軍は絶望した。
……ともかく、以降は、ノルウェーの各地がデンマーク・スヴィドヨッド・ホルムガルドの各軍によって次々占領され……
905年4月1日。デンマークはノルウェーの服属を達成し、スカンジナヴィア半島に広大な版図を得る事に成功したのである。
戦勝後に開かれたティング(集会)でノルウェーの各氏族の処遇や利害調整について取り決めがされる中、アンラウフはある事を考えていたという。
それは、ホルムガルドの援軍についてである。
リューリクの強大さは解っていたつもりだったが、5000人規模の援軍は予想外だったのだ。 傭兵も雇っていたとはいえ、自軍を合わせれば8000人を超えたこの大軍団は、ブリタニエから報告されたキリスト教連合軍の5000人を上回っているのである。
「フレイヤの末裔」であるアンラウフ王の戦い、その初戦が「フレイの末裔」を下す事だったのは象徴的である。 しかし、アンラウフは既に次の戦いに思いを馳せていた。敵は勿論……
しかし、そんなアンラウフの狙いを余所に、「同じ事」が繰り返されようとしていた。
――それも、フレイヤの時代とは、比較にならぬ規模で――。
AAR/フレイヤの末裔/アンラウフ王(後編)に続く……予定です; |