AAR/Gのレコンキスタ

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アシュルの時代 (900~921年)

900年5月。

アシュル.jpg ちょりーっすwwwアシュルですwww

家令2.jpg えっやけに軽いぞ…って?あれ!?

アシュル能力.jpg

ちょこれ…G(oth)のレコンキスタなんですが…案の定Foreigner-9がついてるし…

オピマイナス.jpg

アシュル.jpg ヘーキヘーキ俺ちゃんコミュ力や管理力には自信あっからヨ。

家令2.jpg えええええいいのかなあ?

アシュル.jpg 俺の、ゆめは、将来のうちに 連れとか中間と、いっしょに、連合組んで 半島を統一することである。 即位したら、ウマイヤんとこを、追い出して 金ためて何か、新称号を、迷ってるが作って、 技術も研究して、都市をバリバリいい音出して造る。 俺は、ずっと将来現役で、全半島を統治する事が、夢である。 生 涯 現 役 だ も ん で

家令2.jpg まあやる気は感じるが…天才だし…

家令2.jpg ところで封臣限界です。

限界.jpg 

ああご先祖さまが悩むようになって欲しいっていってたんだヨね。 ウチもそんなに大きくなったんだねえ。 じゃあまず2つ公爵位を作ろう。

そして早速攻勢!アルガルヴェ地方だ!

セビーリャ地方ではないのですか?

海峡は最後の仕上げじゃん?それにまあ俺ちゃんに腹案があンのヨ。

903年10月

アルガルヴェを取りました!

良し、じゃあこうだ!

え…商業地域ですか!

これで領内の商業が振興されるでしョ。さらにいずれは大西洋交易を一手に担って税金をいっぱい納入してくれるかもヨ? まあ忠誠はなかなか誓ってくれないかもだけどネ どうせ作るなら領域が少ない方が扱いやすいから2州1地域のここがいいんだヨ。

成る程。

905年4月。

何かまたウマイヤがアンダルシアとモーリタニアに分裂しました。

そりゃいい、敵の飛び地になってたアルマンサを取ろう!

907年5月。

問題無く取りました。

よし、いよいよあと1戦かな?

910年8月。

モーリタニアのキリスト者が蜂起し、大きく独立を果たしました!

すげえー。ウチとしても乗り遅れるワケにはいかないネ。 アンダルシアスルタンもまた押込められてしまったようだから…いよいよ大詰め、奴らを半島から追い出してやろう!

913年6月。

勝ったッ!第一部完!!ってあれ?1城が残ってしまった。

この戦争中にこの城主の主君であるタンジール公が内乱をはじめたためですね…

うーんこれはいずれまた、か

915年1月。

1年半待っても内乱が終わらないからもう内乱側に攻め込もう!

翌月。

この圧力を嫌ってか内乱のタンジール公はモーリタニアスルタンと和平して元鞘になってしまいました。

じゃあ改めてそちらに宣戦!

917年11月。

ついに城を得、半島の再征服を完了しました!!

西ゴート王国が滅び、ペラーヨ王がこのアストゥリアス王国を718年に建国してほぼちょうど200年になるネ…

はい。真に長い道のりでございました。

これならいいかな。ちっとローマの教皇に報告&お願いしてくるヨ。

12月25日。

我が国はついにムスリムを半島から追い出し、再征服を達成した。だが半島は決して政治的統一が確固としているとは言い難い そこでこの統一を強固なものとするため、 これより私は教皇聖下の公認のもと、「ヒスパニア皇帝」に即位し、我が国もヒスパニア帝国とする!!

――ペラーヨがアストゥリアスの地で蜂起してより200年をかけ、イベリア半島のレコンキスタは完遂されました。 その後ヒスパニア王国は神聖ローマ帝国と名を変え、東ローマ帝国やフランク王国と争いながら 西地中海の統一と安定を確固たるものとしていくのです。

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