※※※工事中です、もう暫くお待ち下さい!※※※
AAR/フレイヤの末裔 AAR/フレイヤの末裔/家祖・フレイヤ(前編)
私は最初の闘争を、世界で最初の闘争を憶えている グルヴェイグ(黄金の力)が槍で刺し貫かれたのを憶えている ハール(オーディン)の館で神々に焼かれたのを憶えている 彼女は三度焼かれ、三度甦り 何度も殺されたが、今も彼女は生きている
訪れる家々で彼女はヘイジ(輝かしき方)よ、と 遠見の巫女よ、魔法の杖の達人よ、と呼ばれた 彼女はセイド(魔術)を用いて人々の心を惑わし 魔女達の賞賛を受け続けた
――ヴェルスパー(巫女の予言) 21・22聯目
北に向けられた玉座の傍らに控え、バグセクは複雑な面持ちをしていた。 気紛れと言っても良い、大した考えもなく拾った素性も知れない少女に、呪い掛かりの様に王位を奪われて10余年。 賽を振る様に令される支離滅裂な王命、後先を考えずに行われる侵攻の勅令、 あの夜以来、困惑を困惑のまま蟠らせながら、それらに右に左に振り回されている内に、なぜかこうなっていた。 なぜかユランは、"骨なし"イヴァルの軍を、そして"蛇目の"シグルドを打ち破り、デンマークの覇権を手にしていた。
せめてこれには即答で返す。まかり間違って否定が遅れれば、フレイヤはその隙にまた妙な勅令を発して、 次の戦場でむくつけきノルド男達が生足に汗を散らして突撃する姿を再目撃する事になりかねない。 あれは喜劇という言葉では納められない悪夢だった。フレイヤは腹を抱えて大笑いしていたが。 ユランの女王は今も笑っている。大笑いでこそないが、人を小馬鹿にした様なニヤニヤ笑いを浮かべている。
薄桃色の唇を、三日月の形に歪めている。
あの夜もそうだった、戴冠式の日でもそうだった、多分死ぬ時にも笑っているんだろう。 その笑みは余りにもあからさまな嘲りを湛えていながら惑わしく、妖しく、不思議と逆らう意思を奪ってしまう。 まるでセイド(魔術)だ。誇り高いデーンの猛者達が、女一人に操られているのだ。 当然、不平や疑心は根深くあったが、ここに至ってはそれすら本当の敬意に変わりつつある。
……だが、見えて来ない。フレイヤの美貌は常に笑みの形を保っているのに、その笑みが何に由来するのかが。 彼女の蒼い眼が、何を視ているのかが、その朧な焦点がどこに合わせられているのかが。 いや――常に何かを見て笑っているのに、バグセクには、彼女が、上機嫌である様に思えた事が、一度もないのだ。
「イヴァルやハルフダンの尻馬に乗って、どうするつもりだったのか、って事よ」
この女は、なぜ。なぜ、それを知っている?
「賢明な事よね。イヴァルとハルフダンで、本当にアングル人が臆病でひ弱なのかを確かめようっていうんだから」
「二人が負けても、ラグナルの息子達の威信が落ちて良し。大方の予想通り勝ったとしても――」
「『先遣隊に露払いをさせてからの、バグセク王の御到着』……と」
バグセクは恥ずかしくなって、首を左右に振って否定した。 だが――だが、それは紛れもなく、ほんの10年前までバグセクが想定していた「流れ」だった。 ラグナルの息子達の野心と勢い、そしてアングル人に殺された父に報いようという宿恨を利用したのだ。
しかし、そうでもしなければ、他にどうできる……? 強大過ぎる「ラグナル・ロズブローク」という伝説と、どう戦える? 他人の始めた戦いを自分の勝利に挿げ替える、というこの苦肉の策とて完璧には程遠いというのに、 伝説の息子達相手に、他にどうすれば、「デーン人の王」でいられるというのか!
「ハルフダンがラトガルで死んだって報告を聞いた時の貴方の顔ったら見物だったわ。よっぽど彼が恐ろしかったのね」
「臆病なバグセク。貴方は賢明だったけれど、ノルドとして既に彼らに負けていたのよ」
フレイヤは妖々と笑っている。月の様に笑っている。
狂気の女王がそこまで言った所で、一人の少女が火の間(広間)に入り、「母様、犠牲祭の準備が整います」とだけ告げて退出した。 フレイヤの長女・リンダであった。フレイヤとは対照的に、にこりとも笑わない少女を、バグセクはやはり不気味に思っていた。
フレイヤはオボトリト族攻略中に反乱を扇動した"蛇目の"シグルドの処刑の為に玉座から腰を上げた。 そうだ、この狂女は、ラグナルの息子達に勝利を重ねているのだ。 自分とは違う、ユランだけでなく、本当にデンマークを手中に収めた「王」なのだ。
バグセクは、軋ませ過ぎて奥歯が砕ける前に、辛うじて口を開いた。
「そうね、時間がないから手短に言うわ……前にも、言ったと思うけれど、」
フレイヤの笑みが消える。それはバグセクに、何かとんでもない事をしてしまった様な気持ちにさせた。 「狂気」の一語で説明を放棄されていた曖昧なものに、実体を与えてしまった様な――
前稿で書いた通り、フレイヤは"蛇目のシグルド"の服属に成功し、 ユラン小王国はデンマークの全地域を(東フランシア領であるブレーメンとハンブルクを除いて)版図に収めるに至った。 しかし、その後の彼女とユラン軍の動きについて続ける前に、その前後に起こった2つの出来事を紹介しておきたい。
先ず、"白シャツ"ハルフダンの意外な死である。
大異教軍の半分を率い、ブリテン島にてイングランドを手中に収めようと戦っていたハルフダンであったが、クールラント征服に苦戦するシグルドの要請に応じて、なんと自ら援軍を率いて駆けつけた様である。 そしてあろう事か、敵の援軍に出ていたラトガル軍に敗北。捕虜となり、875年5月頃、そのまま獄死したのである。 勇者・ラグナルの息子の意外過ぎる死に様は全ノルドに衝撃を与えたが、弟の危機に駆けつけての死は美談としても語られた。しかし、当のシグルドもビョルンの援軍に出ている最中にフレイヤに服属を強いられており、一族の絆を頼りにし合いながらも統制を欠く、というノルド人の弱点を露呈した事件でもあるだろう。 軍の指揮権は、(長男は数年前に病死していた為)次男のグドフリド(フレイヤの王配であるグドフリドとは別人である。紛らわしいが、ノルド世界では非常に一般的な名前であった様だ)に移ったが、そのグドフリドも5年後に戦で負った重傷が元で死亡する。以降、大異教軍は大きくその勢いを減じる事となる。
もう一つは、フレイヤの懐妊である。
これはフレイヤの家臣達を大いに安堵させた。そうというのも、フレイヤの長女・リンダの父親は不明であり(一説にはフレイヤと彼女の実父との間の子であるというが、真相は今もって不明である)、もしもこのまま彼女が継嗣となれば、彼らは二代続けて素性不明の女に支配される事となるからだ。だが、イヴァルの息子であるグドフリドとの間に男子さえ生まれれば……というわけだ。 結局、生まれてみればこの子は女子(「ギュラ」と名付けられる)で、分割相続をややこしくしかけて家臣達を落胆させる事となるのだが、フレイヤは没するまでにもう二人の子供、それも男子を(長男「アンラウフ」、次男「アルンビョルン」)、グドフリドとの間に授かる事となる。
話は戻り、フレイヤとユランの動きである。 デンマークを支配したフレイヤだが、先の戦いで傭兵達に報酬を支払った直後であり、王制を正式なものにするには資金が足りなかった様である。それが集まるまでの間、フレイヤは漫然と待つのではなく、中断していたオボトリト族の征服を再開。最中にシグルドやヴェンド人が独立を求めて反乱を起こしたものの、882年3月頃までに征服と鎮圧の両方が危なげなく完遂されている。
鎮圧後の版図。 |
シグルドは領地をフレイヤに取り上げられた上で、その年の犠牲祭の供物に奉げられた。フレイヤは加担したヴェンド人達も同様にするつもりであったが、誰が供物となるかは籤引で決められ、運良く生き延びた彼らは領地の取り上げのみで許されている。 この反乱の鎮圧中、881年に、バグセクは51歳で老死しており、息子2人と娘1人がフレイヤの宮廷には残されていた。 フレイヤは元帥としてよく仕えたバグセクの功績を称え、彼の息子2人に、召し上げたオボトリト族の領地を与えている。 また、自分の版図を要求したグドフリドにシェラン島を与え、独立を許している(どの道、継承権を持つのが二人の長男となる為に許したのだろう)。
オボトリト族の征服と、反乱の鎮圧を終え、フレイヤの野心はビョルンによる平定の進むスウェーデンよりも、 小さな領土をもった部族が点在し、征服によって国力を増すには手頃に見える、バルト海南岸の東進に向いていた。 だが、その方角の先には無視できない……2人の「大ヴァリヤーグ」が存在した。
ヴィテスクからキエフ一帯を版図とするキエフ大族長・"異人の"デュレ。
そしてバルト海東に広い版図を布くノルド国家・ホルムガルドの"豪胆王"リューリクである。(資料はどちらも876年時点のものしか用意できなかった)
893年時点のものだが、キエフ大族領及びホルムガルドの版図。スカンジナヴィアから離れた場所にありながら、ノルドの最大勢力である。 |
彼らはそれぞれラグナルとは別氏族であり、その息子達とも同盟関係を持たない。 この事が、彼らの戦力を自らの拡大に集中させる事を可能とし、逆に勢力を増した理由となっていた。
フレイヤは思案した。キリスト教国と事を構えるには余りにも勢力差がある、しかし東進にもヴァリヤーグ達との競合という実質の限界点がある。 しかし逆に考えれば、味方に付けられればこれ程心強いノルドもいない。 イヴァルとの同盟は、イヴァルがシグルドと兄弟であるという欠点があり、勝ちこそしたが痛手を被った。だが、この二人ならばその心配もないのだ。 自分には継嗣となる息子と、2人の娘がいる。であれば……
しかし、もう暫くの思案の後、フレイヤの出した結論はこうだった。
「リューリクの次男・アーケを長女・リンダの婿とし、そしてビョルンの長子直系の曾孫・シグルドを次女・ギュラの婿としてユランに迎える」
前者はともかく、後者は、つまり3世代後にスヴィドヨッドを後継する予定の子である。 あまつさえ、彼の弟であるシグルドを処刑した直後に、それと同名をつけられた彼の曾孫を我が物にしようなど、愚弄というのも生温いであろう。 「そんな婚約をビョルンが受けるものか! 下手をすればまた戦になるぞ!」と、家臣達はいつもの様にフレイヤの正気を疑った。
しかし、王命は王命である。スヴィドヨッドには使者が送られ、婚約が申し出された。 使者は、"鉄人"ビョルンの投げ槍がいつ自分の脳天に穴を開けるものかと震えながら書を読んだ。 だが、飛んで来たのは槍でも怒声でもなく、盾の縁を柄で叩いて鳴らした様な、大笑であったという。
「良くぞ我が不甲斐なき弟を葬った。弱きノルドは強きノルドに服するが定め、叛逆したシグルドの愚かさを代わって詫びよう!」
「此度の申し出はその詫びのついでに受けさせて貰う、だが! 貴様には息子は一人しかおらんが、我には四人の孫がいる!」
「奴らは何れもムンソの末裔! 指を咥えて王位を兄弟に差し出す様な臆病者は一人としておらん!」
「だが仮に貴様が、その名の如くエーシルとヴァニルの加護を享ける者であるならば、貴様の子はスカンディアの全てを与えられるだろう!」
「精々我が孫・ビョルンが他に長じ、その子・シグルドが無事に存えるのを祈るが良い! ユランの魔女に幸いあれ!」
一方で、リューリクの返答は(申し出は受けたものの)そっけないものであったという。
「嘗てとねりこの船でラドガに離れた余であるが、子らがスカジの地に枝を繋ぐのはノルドとして誇らしく思う」
以降、フレイヤは予定通りにバルト海南岸帯を東進、没するまでにヴェルレ、ブランデンブルク、ヴォルガスト、ポーゼンを征服している。 ユランのこの征服行にはリューリクの軍が、そして予ねて同盟しているイヴァルの軍も手を貸していたというが、イヴァルの胸中を語る資料は残されていない。
885年、"骨なし"イヴァルが老死(67歳)。ハルフダンとその息子の死後、アングロ=サクソンに対抗する力を失くしつつあった大異教軍は更に弱体化する。
887年、"鉄人"ビョルンの長男・エイリークが不審死。これにはエイリークの長男か次男、或いはフレイヤを主犯とする説があるが、決定的な証拠は無い。
続けて888年にビョルンが老死(67歳)。ビョルンにはエイリーク以外に息子がおらず、エイリークには四人の息子がいたため、スヴィドヨッドは大きく分裂する。
890年、余裕を持って集められた資金により体制が整えられ、ユラン小王国は正式に「デンマーク王国」と国号を改め、フレイヤは「デンマーク女王」となった。
891年、イヴァルとハルフダン亡き後に大異教軍を支えた猛将・ウッベが老死(64歳)。これでラグナルの息子達が全員死亡した事になる。
892年、サンデルマンランドを継承していたエイリークの次男・オルヴァルが不審死。彼の兄・ビョルン2世とフレイヤの共謀によると言われているが、不明。
そして――
「そう――邪魔者が一人減った、というわけね。ムンソの末裔も大した事ないじゃない」
ベッドで仰向けに寝たまま、フレイヤは密偵頭の報告を聞いていた。その頬はこけ、目許には深い色の隈が出ている。 バルト南岸の戦争を指揮しながら、幾つもの陰謀を繰り、或いは退けるのに神経を削り続けた事が祟ったのか、 ここ数年、フレイヤの衰弱は著しいもので、愈々床に臥せってしまったのが一年前の事だった。
密偵頭は全く感情の篭らない声で、「ありません」と告げた。
「そう、思ったより、随分短かったのね……困ったわ、まだやりたい事が沢山あったのに」
密偵頭は何も言わない。
密偵頭は何も言わない。
「何度もこんな事を繰り返しながら、どこに辿り着こうというの……?」
密偵頭は何も言わない。
「まるでネファタフルね……並べて、戦って、勝つか負けるかして、全部終わったらまた並べて……」
「……まあ良いわ、そこそこ上手くやれたと思っているし。『私』も褒めてくれるでしょう?」
密偵頭は、何も、言わない。 フレイヤは妖々と笑っていた。月の様に笑っていた。
「楽しみにしているわ……『私』の末裔達が、盤上をどんな風に暴れるのかを……」
密偵頭は何も言わず、女王の部屋を退出した。 その表情には唯一の肉親を喪った悲しみは見て取れなかった。
その出現は未だデンマーク史上最大の謎として語られているが、彼女の正体が何であれ、フレイヤという女性からフローニ朝は始まる。 半ば伝説上の人物である彼女については他にも様々な(神秘的とも悪魔的ともいえる)エピソードがついて回るが、とりあえずは彼女の死を以て本稿を終える。
892年、デンマークを中心にした勢力図。 シェランはフレイヤの王配・グドフリドの版図として独立している。
次稿は、最初の「フレイヤの末裔」にして若干10歳の少年王・アンラウフの物語である。