8代目 Eudoxios Iの次女 Philippa I 21歳
1264年の情勢図
「当家も傭兵を含め総動員体制で対処していますが、戦勝点は膠着したまま動きません」
アドリアノポリス公反乱
継承戦争中、細かい独立戦争が度々起こるが 野戦は皇帝直属の本隊に任せ、こちらは城を落として再起不能に追い込む作戦で 鎮圧していく。
反乱軍の弟より寝返りの要請
拝啓、弟殿 一、貴殿は皇帝Michail VIIIの弟であり、当然ながら兄を支える立場にあります 一、お父上は陛下に帝位を譲ったのであり、貴殿ではございません 一、当家は帝国に忠誠を誓っており、法に則り帝位についた陛下へ忠を尽くす所存 一、申し上げるまでもなく、遺言に背き兵を立ち上げた貴殿に対して、誓うことはできません 一、愚意ではございますが、上記は真実ですのではばかることなくお伝えしました ビザンツ帝国万歳 恐惶敬白
後年、この書状はPhilippa状と呼ばれ Philippa I及び、アテネ公の熱誠をビザンツ帝国中に轟かせたという。
改宗イベント
「北東方面がこれで仲違いすればいいけど、南西はどうなることやら」
1291年の情勢図
メソポタミア方面をイスラムに奪われてしまったが 33年にも及んだ継承戦争を、「正統後継者」であるMichail VIIIの勝利で終結させる。
この後、反旗を翻した臣下へも親切に振舞ったことから "the Merry"(陽気王)と称される。
"烈女" Philippa I逝く。 その生涯を継承戦争の終結に注ぎ、その忠誠心はビザンツ帝国随一だったと言われる。 家督は長男へ。
12代目 Philippa I 51歳没 13代目 Eudoxios II に万歳!